第18話 ダークエルフと継承②
黒森へ戻ったレイナを待っていたのは、妙な騒ぎだった。
普段は静かな訓練場に人だかりができている。
「何かあったの?」
近くの戦士へ尋ねる。
「あ、レイナ」
戦士は興奮した様子で答えた。
「すごいぞ!」
「何が?」
「ユートだよ!」
その名前に聞き覚えがあった。
弓の練習をしている少年だ。
まだ十二歳。
才能はあるが、特別優秀というほどではなかったはず。
レイナは人混みをかき分けた。
そして。
思わず足を止める。
少年が弓を引いていた。
狙う先は百メートル以上離れた小さな的。
普通なら大人でも難しい距離だ。
矢が放たれる。
次の瞬間。
カンッ!
的の中心を射抜いた。
歓声が上がる。
だがレイナが驚いたのはそこではない。
射撃姿勢。
呼吸。
指の使い方。
全てが見覚えのあるものだった。
まるで。
自分自身を見ているようだった。
「嘘でしょ……」
小さく呟く。
まさか。
本当に。
あのスキルなのか。
「レイナ姉ちゃん!」
ユートが駆け寄ってくる。
顔は笑顔でいっぱいだった。
「見た!?」
「ええ……見たわ」
「急にできるようになったんだ!」
本人も理由が分からないらしい。
当然だろう。
レイナも数日前まで知らなかったのだから。
「昨日までは全然だったのに!」
少年は無邪気に笑う。
その姿を見ていると、少し複雑な気持ちになった。
確かに自分の技術は失われている。
だが。
それが目の前の少年へ渡った。
そう考えると不思議だった。
悔しさよりも。
嬉しさの方が大きかった。
数日後。
異変はさらに広がった。
弓だけではない。
森の追跡技術。
索敵能力。
地形把握。
レイナが長年培った経験の一部が、若い世代へ自然に受け継がれていた。
もちろん全員ではない。
適性のある者たちだけ。
それでも影響は大きかった。
「最近の若い連中はどうなってるんだ?」
長老たちも首を傾げる。
「急に成長し始めたぞ」
原因を知っているのはレイナだけだった。
そしてアルトだけ。
その頃。
レイナ自身も変化を実感していた。
以前なら簡単にできた射撃が難しい。
狩りの成功率も下がった。
一流が二流になった。
そんな感覚だった。
最初は焦った。
悔しかった。
だが。
訓練場へ行くたびに、その気持ちは少しずつ薄れていく。
「レイナ姉ちゃん!」
「これ見て!」
「今日は三本連続で当たった!」
子供たちが笑う。
以前より増えた。
弓を習いたいと言う子供たちが。
レイナは気付いた。
自分はまだ弓を教えられる。
技術は減った。
だが経験は残っている。
知識もある。
そして何より。
伝える力が以前より遥かに高くなっていた。
これも【継承】の効果なのだろう。
「肘が下がってる」
「もっと肩の力を抜いて」
「呼吸を合わせて」
少し教えるだけで上達する。
驚くほど。
教えることが楽しかった。
そんな日々が続いていたある日。
部族へ一報が届く。
それは最悪の知らせだった。
「紅牙族だ!」
戦士が叫ぶ。
集会場へ緊張が走る。
レイナの顔から笑みが消えた。
紅牙族。
十年前に村を滅ぼした仇。
忘れるはずがない。
戦士長が報告を続ける。
「奴らが森の北部へ侵入した!」
空気が変わる。
戦士たちの目が鋭くなる。
レイナの胸の奥でも、消えたはずの炎が燃え上がった。
復讐。
その言葉が蘇る。
十年間追い続けた願い。
終わっていない。
まだ終わっていなかった。
集会が終わった後。
レイナは一人で森を歩いていた。
心が揺れている。
もしあの時。
【復讐】を買っていたら。
もっと強くなれたのだろうか。
もっと簡単に敵を倒せたのだろうか。
そんな考えが浮かぶ。
その時だった。
「レイナ姉ちゃん!」
振り返る。
そこにはユートたちがいた。
弓を抱えた少年少女たち。
「俺たちも戦う!」
「森を守る!」
「教えてもらったから!」
真っ直ぐな瞳だった。
レイナは言葉を失う。
そして気付く。
もし【復讐】を選んでいたら。
この光景はなかったかもしれない。
自分一人で戦っていたかもしれない。
だが今は違う。
自分の後ろには未来がいる。
受け継いだ者たちがいる。
レイナは静かに笑った。
「まだ戦わせないわよ」
少年たちが不満そうな顔をする。
だがその表情を見ていると、不思議と力が湧いてくる。
紅牙族との因縁は終わっていない。
決着は必要だ。
けれど。
それは復讐のためだけではない。
守るための戦いになり始めていた。




