第17話 ダークエルフと継承①
レイナはしばらくの間、【継承】のカードを見つめていた。
復讐の力ではない。
敵を倒す力でもない。
憎しみを晴らす力でもない。
正直に言えば、最初は落胆した。
十年間追い続けた願いとは違ったからだ。
だが、不思議と嫌ではなかった。
「価格を聞いていなかったわね」
レイナが言う。
アルトは頷いた。
「金貨十五枚です」
復讐より安い。
そのことに少し複雑な気持ちになる。
「それと代価があります」
「でしょうね」
レイナは苦笑した。
この店のスキルに代価がないことなどない。
「何を払うの?」
アルトは静かに答えた。
「お客様が最も誇りに思っている技術です」
レイナは目を瞬かせた。
「技術?」
「はい」
「具体的には?」
「弓術です」
その瞬間、レイナの表情が固まった。
弓術。
それはレイナの全てだった。
十年間磨き続けた技。
部族でも最高クラスの腕前。
唯一の誇り。
唯一の自信。
「……それを失うの?」
「完全には失いません」
アルトは説明する。
「ですが、大きく低下します」
レイナは黙り込む。
予想以上に重い代価だった。
金貨などどうでもいい。
だが弓は違う。
復讐のために積み上げた十年そのものだ。
「なぜそんな代価なの?」
アルトはカードを見る。
「継承とは渡す力です」
「渡す?」
「はい」
静かな声だった。
「持ち続ける力ではありません」
レイナは何となく理解した。
だから自分の技術が必要なのだ。
受け継がせる力だから。
「相変わらず嫌な商売ね」
「ありがとうございます」
「褒めてないわよ」
アルトは少しだけ笑った。
本当に調子が狂う。
レイナは椅子へ深く座り直した。
そして考える。
弓術を失う。
それは怖かった。
もし敵が攻めてきたら。
もし戦いになったら。
もし仇と遭遇したら。
だが一方で思う。
十年間積み上げた技術を、自分一人で抱え続けて何になるのかと。
ふと脳裏に子供たちの顔が浮かんだ。
的に当たっただけで大喜びしていた子供。
必死に弓を引いていた子供。
将来有望な子もいた。
あの子たちが自分以上の狩人になったら。
自分以上の戦士になったら。
それは少し誇らしいかもしれない。
「……本当にずるいわね」
レイナは呟く。
アルトは何も言わない。
答えを急がせない。
それがこの店の流儀なのだろう。
長い沈黙の末。
レイナは顔を上げた。
「買うわ」
アルトが頷く。
「承知しました」
不思議と迷いは消えていた。
復讐のためではない。
未来のため。
そう考えると納得できた。
契約はすぐに行われた。
金貨十五枚。
そして十年磨き続けた弓術。
アルトがカードを差し出す。
「使用しますか?」
「もちろん」
レイナはカードへ触れた。
眩しい光が溢れる。
暖かい。
どこか懐かしい感覚だった。
やがて光は体の中へ溶け込んでいく。
そして。
何かが抜け落ちた。
レイナは反射的に立ち上がる。
違和感。
腕。
肩。
指先。
毎日のように感じていた弓との一体感が薄れている。
試しに店の外で弓を構えてみる。
矢を放つ。
シュッ。
矢は飛んだ。
だが。
以前ほどではない。
明らかに精度が落ちている。
「本当に取られたのね」
レイナは苦笑した。
アルトは淡々と言う。
「契約は成立しましたので」
容赦がない。
だが嫌いではなかった。
レイナは弓を背負う。
失ったものは大きい。
けれど不思議と後悔はない。
「それで、このスキルはいつ効果が出るの?」
「既に出ています」
「え?」
アルトは店の窓から外を見る。
「おそらく今頃」
意味深な言葉だった。
レイナが首を傾げる。
だがその意味を知るのは、黒森へ帰ってからだった。
その頃、黒森では。
いつも弓の練習をしていた少年が、信じられない一射を放っていた。
昨日まで当たらなかった的。
その中心へ。
まるで長年鍛えた狩人のように、正確な矢が突き刺さっていた。
本人も。
周囲も。
まだ知らない。
その才能がどこから来たのかを。
そしてレイナもまた。
自分が支払った代価が、どのような形で未来へ受け継がれていくのかを、まだ知らなかった。




