第16話 ダークエルフと復讐③
夕暮れの荒野を歩きながら、レイナは自分の答えを何度も確かめていた。
復讐したい気持ちは消えていない。
むしろ鮮明なままだ。
村が燃える光景も。
家族を失った日のことも。
今でも夢に見る。
だから許すつもりはない。
忘れるつもりもない。
それでも、以前とは少し違っていた。
子供たちへ弓を教えた日のことを思い出す。
的に矢が当たっただけで大喜びしていた顔。
褒められて誇らしそうにしていた顔。
あの時間は不思議だった。
復讐を考えていなかった。
ただ純粋に楽しかった。
その事実が、レイナの心を揺らしていた。
やがて見慣れた店が見えてくる。
魔界スキル商店。
小さな木造の建物。
レイナは迷わず扉を開いた。
カラン。
鈴の音が響く。
「いらっしゃいませ」
アルトが顔を上げる。
その表情はいつも通り穏やかだった。
「答えは出ましたか?」
レイナは頷く。
そして席へ座った。
「私は復讐したい」
アルトは黙って聞いている。
「でも、それだけじゃない」
レイナは続けた。
「終わった後のことも考えた」
子供たちのこと。
部族のこと。
森のこと。
昔の自分のこと。
たくさん考えた。
十年間で初めてだったかもしれない。
復讐の先を考えたのは。
「仇を討った後は、部族を立て直したい」
アルトは少しだけ目を細める。
「子供たちに弓を教える」
「狩りも教える」
「昔みたいな森に戻したい」
レイナは真っ直ぐ前を見る。
「それが私の未来よ」
店内に静かな空気が流れる。
アルトはしばらく何も言わなかった。
やがて。
「残念ですが」
その言葉にレイナは固まった。
「販売できません」
予想外だった。
「……は?」
思わず声が漏れる。
アルトは淡々としている。
「お客様には販売できません」
「ちょっと待ちなさい」
レイナは身を乗り出した。
「未来の話もした」
「代価だって払うつもりだった」
「それなのに?」
「はい」
アルトは頷く。
「だからです」
意味が分からない。
レイナの眉間に皺が寄る。
アルトはカードを手に取った。
【復讐】
淡く黒い光を放つスキル。
「このスキルは憎しみを燃料にします」
静かな説明が始まる。
「復讐を果たすために作られた力です」
「知ってるわ」
「ですが、お客様は変わりました」
レイナは黙る。
アルトは続けた。
「以前のお客様なら売れました」
「今のお客様には売れません」
「なぜ?」
「未来があるからです」
その言葉に、レイナは目を見開いた。
アルトはカードを見つめる。
「このスキルは復讐に特化しています」
「強力です」
「ですが、お客様が大切にしたい未来も燃やしてしまう」
店内が静まり返る。
レイナは何も言えなかった。
アルトの言葉が理解できてしまったからだ。
もし復讐だけを見ていた頃なら。
迷わず買っていただろう。
だが今は違う。
部族の未来がある。
教えたい子供たちがいる。
守りたい森がある。
それらを犠牲にしてまで手に入れる力なのか。
答えは簡単ではなかった。
「じゃあ私はどうすればいいの?」
気付けばそう聞いていた。
アルトは少し考える。
そして別の紙を取り出した。
ペンが走る。
光が文字を描いていく。
数分後。
新しいカードが完成した。
レイナはそれを見る。
そこに書かれていたのは。
【継承】
だった。
「継承?」
「お客様の技術、経験、知識を他者へ受け継ぎやすくするスキルです」
レイナは瞬きを繰り返す。
復讐とは真逆だった。
「私は仇討ちをしたいのよ?」
「知っています」
「ならどうして」
アルトは静かに答える。
「お客様が本当に守りたいものは何ですか?」
レイナは言葉を失った。
仇を討つことか。
部族を守ることか。
森を守ることか。
子供たちへ未来を残すことか。
その答えは。
もう分かっていた。
「……そういうこと」
アルトは何も言わない。
レイナは苦笑した。
悔しいほど見抜かれている。
「本当に変な商人ね」
「よく言われます」
いつもの返事だった。
思わず笑ってしまう。
復讐の話をしていたはずなのに。
なぜか少し気持ちが軽くなっていた。
店の外では夕日が沈み始めている。
レイナは新しいカードを見つめた。
復讐の力ではない。
だが。
自分が進むべき道は、こちらなのかもしれない。
そんな気がしていた。




