第15話 ダークエルフと復讐②
「復讐が終わった後の人生……?」
レイナは眉をひそめた。
意味が分からない。
いや、言葉の意味は分かる。
だが代価になる理由が分からなかった。
「どういうこと?」
アルトはいつものように慌てない。
静かに紅茶を口に運び、それから答えた。
「そのままの意味です」
「説明になってないわ」
「では質問を変えましょう」
アルトはレイナを見た。
「復讐が終わった後、お客様は何をしますか?」
即答できなかった。
レイナは口を開く。
そして閉じる。
考える。
だが答えが出ない。
復讐が終わった後。
敵を殺した後。
部族の仇を討った後。
その先。
そこまで考えたことがなかった。
◆
「……知らない」
ようやく絞り出した言葉だった。
アルトは頷く。
驚かない。
まるで予想していたかのように。
「多くのお客様がそうです」
静かな声だった。
「願いを叶えた後を考えていない」
レイナは黙る。
胸の奥が少しだけざわついた。
◆
十年前。
村が焼かれた。
父が死んだ。
母が死んだ。
兄が死んだ。
その日からレイナは復讐だけを見て生きてきた。
弓を学んだ。
剣を学んだ。
魔術も覚えた。
全て復讐のため。
だから。
その先など考える必要がなかった。
「代価になる理由は?」
レイナが尋ねる。
アルトは答える。
「このスキルは復讐心を力に変えます」
カードを指差す。
【復讐】
その文字が淡く光っていた。
「憎しみが強いほど強くなる」
「怒りが深いほど強くなる」
レイナの目が細くなる。
確かに復讐向きの力だ。
◆
「ですが」
アルトが続ける。
「復讐が終われば、その力は意味を失います」
店内が静かになる。
「その時、お客様は空っぽになります」
レイナは反射的に反論しようとした。
だが言葉が出なかった。
空っぽ。
その言葉が胸に刺さる。
想像してしまったからだ。
仇を討つ。
十年追い続けた敵を殺す。
そして終わる。
その後は?
◆
何もない。
◆
初めて気付いた。
自分は十年間、前だけを見ていた。
だから後ろも横も見ていない。
終わった後も見ていない。
◆
「だから代価は未来です」
アルトが言う。
「復讐後の人生を私へ預ける」
「そうすることで、このスキルは完成します」
レイナはカードを見る。
強力なのだろう。
きっと。
今までの客の話から分かる。
この店の商品は本物だ。
「もし断ったら?」
「販売できません」
即答だった。
レイナは苦笑する。
強引な商売だ。
だが嫌な感じはしない。
むしろ。
見透かされている気分だった。
「少し考えさせて」
「もちろんです」
アルトは頷いた。
「当店は逃げませんので」
◆
店を出る。
夕日が荒野を赤く染めていた。
レイナは一人で歩く。
復讐。
それだけが人生だった。
そう思っていた。
だが今は違う。
一つの疑問が頭から離れない。
復讐が終わったら。
私は何になる?
◆
黒森へ戻った翌日。
レイナは墓地へ向かった。
父の墓。
母の墓。
兄の墓。
いつもの場所。
「私ね」
誰もいない墓地で呟く。
「変なことを言われた」
当然返事はない。
だが続けた。
「復讐が終わった後の人生を考えろって」
風が吹く。
木々が揺れる。
しばらく沈黙。
そしてレイナは気付く。
本当に考えたことがなかった。
◆
昔は何が好きだった?
狩り。
料理。
妹たちと遊ぶこと。
森を歩くこと。
弓を教わること。
思い出が次々と浮かぶ。
復讐を誓う前の自分。
確かに存在していた。
「……忘れてたな」
小さく笑う。
十年間。
あまりにも長かった。
◆
その夜。
部族の子供たちへ弓を教える機会があった。
本来の担当者が体調を崩したのだ。
仕方なく引き受ける。
最初は面倒だった。
だが。
「すごい!」
「当たった!」
「レイナ姉ちゃん見て!」
子供たちが笑う。
はしゃぐ。
喜ぶ。
レイナは呆然とした。
楽しい。
本当に久しぶりだった。
◆
帰り道。
空を見上げる。
星が輝いていた。
そして気付く。
自分にはまだ未来がある。
復讐以外の未来が。
◆
だが。
それでも。
胸の奥の憎しみは消えていなかった。
仇を許せるわけではない。
忘れられるわけでもない。
だからこそ迷う。
復讐を選ぶのか。
それとも。
◆
数日後。
レイナは再び荒野を歩いていた。
向かう先は一つ。
魔界スキル商店。
◆
夕暮れの中。
小さな店が見えてくる。
レイナは足を止めない。
もう答えは出ていた。
ただ。
その答えが正しいのかは。
まだ誰にも分からなかった。




