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『ようこそ魔界スキル商店へ』  作者: もかどら


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第13話 リッチと不死④

夕暮れの荒野を、一体のリッチが歩いていた。


ノワールだった。


以前なら考えられないことだ。


研究を中断するなどあり得なかった。


論文がある。


実験がある。


解明すべき謎がある。


だが今は違う。


研究室を出てから三日。


久しぶりに魔界の景色を見た。


市場を歩いた。


酒場の喧騒を聞いた。


子供たちが遊ぶ姿を眺めた。


どれも何年も見ていなかった光景だった。


いや。


正確には見えていなかった。


研究しか見ていなかったのだ。



やがて小さな店が見えてくる。


木造の建物。


見慣れた看板。


『魔界スキル商店』


ノワールは扉の前で立ち止まった。


前回来た時とは気持ちが違う。


あの時は希望を抱いていた。


今は答えを求めている。


カラン。


扉を開く。


「いらっしゃいませ」


アルトが本を閉じる。


驚いた様子はない。


まるで来ることを分かっていたようだった。



「久しぶりだな」


「お元気そうで何よりです」


アルトは穏やかに言う。


ノワールは苦笑した。


「そう見えるか?」


「少なくとも壊れてはいません」


「なるほど」


その返答は妙にアルトらしかった。



席へ座る。


しばらく沈黙。


やがてノワールが口を開く。


「私は失敗したのか?」


アルトは少し考える。


そして首を横に振った。


「いいえ」


「だが私は多くを失った」


「それも事実です」


即答だった。



ノワールは思わず笑う。


相変わらずだ。


慰めない。


取り繕わない。


事実だけを言う。


「ではなぜだ?」


「なぜこんな結果になった」


アルトは静かに答えた。


「お客様の願いが叶ったからです」


ノワールは黙る。


「研究したかった」


「研究を続けたかった」


「その願いは叶いました」


反論できない。


実際に叶った。


成果も出た。


評価も得た。


研究者としては大成功だった。



「だが」


アルトが続ける。


「願いと幸福は別です」


店内が静かになる。


ノワールはその言葉を噛み締めた。


どこかで聞いた気がする。


きっと他の客にも同じことを言ったのだろう。



「私は勘違いしていた」


ノワールが呟く。


「時間が欲しいと思っていた」


アルトは何も言わない。


「だが違った」


研究を振り返る。


若い頃。


仲間たちと議論した日々。


弟子が初めて成功した日。


失敗して皆で笑った日。


研究発表の後に飲んだ酒。


思い出す。


本当に楽しかった。



「私は研究だけが好きだったわけではない」


言葉が自然に出てくる。


「研究を通して誰かと何かを作るのが好きだった」


アルトは静かに頷いた。


「それが答えでしょう」



しばらく沈黙が続く。


やがてノワールが尋ねた。


「このスキルは消せるのか?」


アルトは首を横に振る。


「できません」


予想していた答えだった。


少し残念だが、不思議と落胆はない。


「そうか」


「ただし」


アルトが言う。


「使い方は変えられます」


ノワールは顔を上げた。



「使い方?」


「はい」


アルトは紅茶を注ぐ。


湯気が立ち上る。


「道具は使う人次第です」


「スキルも同じです」


ノワールは考える。


確かにそうだ。


【不死】が悪いわけではない。


自分が研究以外を切り捨てただけだ。


研究を続けながら弟子と向き合うこともできた。


仲間と過ごすこともできた。


選ばなかったのは自分自身だった。



「随分と高い授業料だったな」


ノワールが笑う。


アルトも少しだけ笑った。


「研究者らしい考え方ですね」


「失敗から学ぶのが研究だからな」



席を立つ。


今度は前回とは違う。


迷いはなかった。


研究を辞めるつもりはない。


むしろ続ける。


何百年でも。


何千年でも。


【不死】があるのだから。


だが。


今度は違う。


一人ではなく。


誰かと共に。



扉へ向かう途中。


ノワールは足を止めた。


「そういえば」


「何でしょう」


「研究日誌だ」


アルトを見る。


「あれは返ってこないのか?」


少しだけ期待していた。


アルトは引き出しを開く。


そして一冊の本を取り出した。



ノワールは固まった。


見覚えのある表紙。


見覚えのある傷。


見覚えのある文字。


「なっ……」


「お忘れ物です」


アルトが言う。


どこかで聞いた台詞だった。



ノワールは慌ててページを開く。


若い頃の文字。


失敗だらけの研究。


夢ばかり語っていた自分。


全て残っていた。


「なぜだ?」


アルトは肩をすくめる。


「もう必要ありませんでしたので」


ノワールは思わず吹き出した。


どこまでも変な商人だった。



店を出る。


空には夜空が広がっている。


研究日誌を抱えながら歩く。


ふと最初のページを開いた。


そこには若き日の自分が書いた一文があった。


『研究とは世界を知ること。そして誰かと共有すること』


ノワールは立ち止まる。


しばらくその言葉を見つめる。


そして静かに笑った。


「全く」


何百年も前の自分の方が賢かったかもしれない。



数日後。


死霊の谷にある研究室へ、一通の手紙が届く。


差出人はアリア。


ノワールは迷わず返事を書いた。


内容は短い。


『もしよければ、また研究を手伝ってくれないか』


その手紙を書き終えた時。


リッチの研究者はようやく気付いた。


自分が本当に欲しかったのは。


終わらない時間ではない。


共に歩く誰かとの時間だったのだと。


そして荒野の外れでは今日もまた。


魔界スキル商店の鈴が静かに鳴っていた。

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