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『ようこそ魔界スキル商店へ』  作者: もかどら


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第12話 リッチと不死③

「先生」


返事はない。


「先生」


再び呼ぶ。


それでも返事はなかった。


研究室の奥。


無数の魔法陣と書類に囲まれた机で、ノワールはひたすらペンを走らせていた。


弟子のアリアはため息をつく。


「昼食です」


机の横へ皿を置く。


ノワールは顔も上げない。


「そこに置いておいてくれ」


「昨日の昼食も残っていました」


「そうか」


興味なさそうな返事だった。


アリアは悲しそうに目を伏せる。


昔は違った。


研究の話をした。


失敗を笑い合った。


新しい発見があれば皆で喜んだ。


だが今は。


研究しか見えていない。



半年後。


ノワールの名声は魔界中へ広がっていた。


魔力循環理論。


革新的な研究成果。


歴史的発見。


学会は大騒ぎだった。


「天才だ」


「偉業だ」


「数百年に一人の研究者だ」


称賛の声が飛び交う。


だが。


研究室は静かだった。


かつて五人いた弟子は二人になっている。


理由は単純だ。


ノワールが何も見なくなったから。


研究以外を。



「先生」


アリアが書類を持ってくる。


「学術院から招待状です」


「置いておけ」


「祝賀会の案内です」


「必要ない」


即答だった。


「皆、先生を祝いたいんです」


「時間の無駄だ」


アリアは黙る。


少し前なら考えられない言葉だった。



その夜。


研究室にはノワールだけが残っていた。


机に積み上がる論文。


新たな理論。


未解明の問題。


やることはいくらでもある。


時間はいくらあっても足りない。


だが。


不思議だった。


以前より成果は出ている。


以前より順調だ。


それなのに。


達成感が薄い。


完成しても次がある。


発見しても次がある。


終わりがない。


どこまでも続く。



一年後。


研究はさらに進んでいた。


魔界の歴史に残るレベルの成果が次々と生まれる。


誰もがノワールを称賛した。


だが。


祝う者は減っていた。


弟子は一人になった。


アリアだけだった。



「先生」


ある日。


アリアが頭を下げた。


「今日で研究室を辞めます」


ペンが止まる。


数か月ぶりだった。


ノワールが研究以外へ意識を向けたのは。


「なぜだ」


「分かりませんか?」


アリアは悲しそうに笑った。


「先生は変わりました」


「変わっていない」


「変わりました」


即答だった。


「昔の先生は研究が好きだった」


「今の先生は研究しかありません」


ノワールは反論しようとした。


だが言葉が出ない。



「先生は覚えていますか?」


アリアが言う。


「私が初めて論文を書いた日」


ノワールは黙る。


覚えていなかった。


「失敗して泣いた時」


覚えていなかった。


「学会で発表した時」


覚えていなかった。


「先生と一緒に喜んだのに」


静かな声だった。


ノワールは言葉を失う。


本当に覚えていなかった。


研究成果は覚えている。


論文も覚えている。


理論も覚えている。


だが。


そこにいた人たちのことは。



「ありがとうございました」


アリアは深く頭を下げる。


「先生に出会えたことは感謝しています」


「待て」


思わず声が出た。


アリアが顔を上げる。


ノワールは何か言おうとした。


だが。


言葉が出ない。


何を言えばいいのか分からなかった。


引き止める理由も。


謝る言葉も。


何も。



扉が閉まる。


静寂。


研究室にはノワールだけが残された。


ふと周囲を見る。


広い部屋だった。


昔は狭く感じた。


弟子たちがいたから。


皆で議論したから。


笑い声があったから。


今は広い。


あまりにも広い。



机の引き出しを開く。


そこには古い写真が入っていた。


弟子たちとの集合写真。


昔の研究仲間。


学会の記念写真。


若き日の自分。


皆笑っている。


ノワールは写真を見つめた。


そして気付く。


名前が思い出せない者がいる。


顔は分かる。


だが名前が出てこない。


研究内容は覚えているのに。



その瞬間。


脳裏に蘇る。


魔界スキル商店。


アルトの言葉。


――このスキルは、お客様から”終わり”を奪います。


あの時は意味が分からなかった。


だが今なら分かる。


【不死】は研究を続けるための障害を消した。


疲労。


老化。


迷い。


休息。


そして。


人との時間も。



ノワールは立ち上がる。


ふらつく。


何年ぶりだろう。


研究室の外へ出るのは。


窓の外を見る。


夕日が沈んでいた。


美しい。


そう思ったのも久しぶりだった。


研究以外に目を向けたのも。


そして。


ノワールは決める。


行かなければならない。


あの店へ。


魔界スキル商店へ。


願いを叶えた代償について。


あの商人と話すために。


そして。


自分が本当に欲しかったものを知るために。

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