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『ようこそ魔界スキル商店へ』  作者: もかどら


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第11話 リッチと不死②

店内に静寂が落ちる。


ノワールはカウンターの上に置かれたカードを見つめていた。


【不死】


どう見ても妙だった。


自分は既にリッチである。


老いない。


寿命もない。


今さら不死のスキルなど必要ない。


「説明してもらおうか」


ノワールが言う。


アルトは頷いた。


「このスキルは寿命を延ばすものではありません」


「では何だ?」


「終わりを遠ざけるスキルです」


ノワールは眉をひそめる。


抽象的な説明だった。


アルトは続ける。


「疲労、老化、精神摩耗、魔力枯渇」


「お客様が研究を続ける上で障害となる要素を極限まで抑制します」


ノワールの目が見開かれる。


それは。


まさに欲しかった能力だった。


研究者にとって最大の敵は時間だけではない。


集中力。


精神力。


継続力。


長い年月の中で蓄積する消耗。


それらが積み重なり研究を妨げる。


だが。


このスキルが本物なら。



「価格は?」


ノワールは即座に尋ねた。


アルトは答える。


「金貨五十枚」


高額だった。


だが問題ない。


数百年生きた研究者だ。


蓄えはある。


「それと」


アルトが続ける。


ノワールは少し笑う。


「やはり追加条件があるか」


「はい」


「何だ?」


アルトはしばらく黙った。


そして言った。


「研究日誌を一冊」


ノワールは固まる。


研究日誌。


それは研究者の人生そのものだ。


失敗。


発見。


仮説。


努力。


全てが詰まっている。


「どの程度の物を?」


「お客様が最も大切にしているものを」


即答だった。



店内が静かになる。


ノワールは考えた。


数百冊ある。


その中でも最も大切な一冊。


最初の研究成果を書いた日誌。


魔術師だった頃の夢が詰まった記録。


今でも宝物だった。


「それが必要なのか」


「はい」


アルトは答える。


「このスキルを形にするために」


ノワールは目を閉じる。


迷いはあった。


だが長くは続かなかった。


研究のためだ。


未来のためだ。


失う価値はある。


「持ってこよう」



翌日。


ノワールは再び店を訪れた。


腕には古びた日誌が抱えられている。


何度も読み返した本。


擦り切れた表紙。


色褪せた文字。


長い時間を共にした相棒だった。


「持ってきた」


アルトは受け取る。


静かにページをめくる。


そこには若き日のノワールがいた。


夢を語り。


失敗に悩み。


成功に喜ぶ。


そんな記録。


アルトは本を閉じた。


「確かに受け取りました」


ノワールは少しだけ寂しさを感じた。


だがすぐに振り払う。


未来のためだ。


研究のためだ。



契約は成立した。


金貨五十枚。


研究日誌一冊。


そして。


【不死】


ノワールは迷わずカードへ触れる。


光が溢れる。


体の奥へ流れ込む。


冷たいような。


暖かいような。


奇妙な感覚。


やがて光が消えた。


「これで終わりか」


「はい」


アルトは頷く。


「お客様の願いは叶いました」


その言葉にノワールは満足そうに笑った。


久しぶりだった。


何かが前へ進んだ気がした。



それから一か月後。


研究は劇的に進んだ。


驚くほど集中できる。


疲れない。


眠る必要もほとんどない。


魔力回復も早い。


何より。


研究以外のことが気にならなくなった。


雑音が消えたようだった。


「素晴らしい……」


ノワールは感動していた。


これだ。


これこそ欲しかった力。


数百年求め続けた環境。


研究だけに没頭できる。


完璧な状態だった。



三か月後。


成果が出始める。


新たな論文。


新理論。


学会での発表。


周囲からの評価も上がった。


弟子たちも喜んでいる。


はずだった。


「先生」


ある日、一人の弟子が声を掛けてきた。


「何だ」


「少し休んではどうですか」


ノワールは顔を上げない。


「必要ない」


「ですが」


「研究の方が大事だ」


即答だった。


弟子は何か言いたそうだった。


だが結局黙って去っていく。



その夜。


研究室に一人残ったノワールはふと思う。


妙な話だ。


昔なら弟子の言葉を気にしたはずだった。


相談にも乗った。


食事にも誘った。


だが今は。


研究の方が重要に思える。


優先順位が変わったのだろう。


それだけだ。


きっと。


ノワールはそう結論付ける。


そして再び机へ向かった。


研究は進んでいる。


過去最高の速度で。


だから問題ない。


何も問題ないはずだった。


まだ彼は気付いていない。


【不死】が奪った”終わり”は。


疲労や老化だけではなかったことに。


そして少しずつ。


人生の大切な何かも失われ始めていることに。

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