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休憩ついでに椅子から立ち上がった男が、外光を減らすための保護膜の貼られた窓に体を向ける。


背後の仕事机には、署名を待つ書類や資料が収まる木製の薄箱があり、部屋両側にある書棚や勲章の飾り台は、男の立場を示すと共に、実務性と高級感を演出する。


「……経済の安定は、あちら方も望むところか」


現地での調査資料、あくまで一側面でしかないそこから全ての動向を知ることは叶わない。ただ時代ごとの世界情勢の変動とそれに対する反応を記録して一貫性を見出す。


まだ一世紀も続いていない組織が千年以上も存続するそれを理解しようとする行為は、まるで人類そのものを解析する試みにも等しい。


「思想には課税できない。それは自由を守護する我々にとっても望ましくない。……だが」


所在地不明とはいえ、便宜上の区分に従って事業税を払っている者はいるが、多くは現物化されないままその内側で消費される。

ひとまとめに名札を付けられるだけ有害性は少ないと言えるのか。個人や集団の出納を監視することで、存続のための支援の方向性を探る国家としては、弊害と恩恵に悩まされる。


「今回は十一番だというが、マテアスの現当主とは、つくづく経済とは離れられない仲らしい。あるいは、予てから同じなのか」


追及したところで拒否されるだけだ。

なにしろ、相手はこの世界のどこにも存在しない。全人類の百分の一余りともなればひとつの国家に並ぶ、その経済圏を失うことになれば影響は少なくない。技術の進歩によって遠距離通信が確立されて、かつては妄言で片付けられたそれが明確に存在すると知ってしまった。


「少なくとも相手は、これまで公言する真似はしていない。こちらも設立以来、初めての観測になる。引き続き、未来のために必要な準備を進めるとしよう」


男は接客用の調度品まで置かれた個室で、合図をともなって入った部下へ向き直ると要件を尋ねた。




 ***




景観を支える建物の大抵に所有者はいない。現実より人間も少ないここでは、敷地に設けられた休憩場所に空きが容易に見つかる。


建物の中まで入れてしまえば、人の密度が足りず閑散とした空間になっただろう景色を見つつ、携帯端末に表示させた数字と手帳を見比べて、そんな間に隣から声がかかる。


「やっぱり足りない?」

「他の使い道がないから足りないも何もない。ただ、いつまで持つか数えている」


試合の度に消費するノードは、対戦相手との間で増減はあれど総和は増えない。最初に与えられた量から基本的に減っていく、ディープセラを生涯に渡って利用しつづける人間は限られ、換金性の高い物品とノードを交換してもらう場合でも結局同じだ。


自分の場合、どれだけ細かく記しても手帳の一冊で十分に収まる。


横に視線を向ければ、保温瓶片手に持ち込んだ食料が尽きつつある。麺と汁の高さがそろった食べ方では汁を捨てるための凝固剤も無用らしい。


「ノードが無くなるまでは付き合ってくれるんだろ?」


ミセラからは頷きを確認する。


出会って間もないこともあるが、そこに踏み切るほど劣悪な関係にはなっていないのは幸いだ。

各セラフは所有者がディープセラの利用権利を失った時点で同時に消去される。所有者側が一方的に強気に出られる立場ではなく、セラフに反発されることになれば、試合もまともに戦えずノードが失われる、相互の依存関係が存在する。


完食された即席ラーメンの容器を軽く拭き取り今しばらくは持ち込んだ際の袋に詰め込んでおく。試合がない日は長く留まるつもりもない。自宅に戻るまではこれでいい。


「食事が好きなら、今後も色々持ってくるよ」

「本当?」

「こっちの店も良いけど、売れ筋から外れた料理は置かれないだろうから。気に入るものを見つけるなら、種類は多い方がいい」


素直に喜べるのは、断ち切れない関係で隠す理由はないからか。


物で好意を買えるのは楽だが、同時にミセラがこちらに要求できる限界がその程度だ。味覚の好みが違うように、人間とセラフでは考えも異なる。


「祭典には各国の出店もあるんだろ。歩き回る時間くらいは作る」

「待ち遠しい」


手拭いを差し出して、油の付いた口元を拭かせる。


香辛料と脂の残り香だけではない。

ディープセラに入場した時点で、どこまでが本物か分からなくなる。ここに本物の街の活気は存在しない。にもかかわらず、視界を閉じて集中すれば、現実と異なる街の空気に在りもしない車両の排気さえ遠く感じさせられる。


これら全ては利用者に誤認させるためにある。紹介されたままの世界があり、期待通りの反応をしている。何の問題もない。



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