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06



空いた時間に試合を見に行ったが、結局、観戦所の画面に父親の姿は見つけられず、その内に、自分が試合に参加する日が訪れてしまう。


ディープセラに入っていると予定の時間になると、専用の空間に瞬時に移動させられる。そのことは目の前に現れた入鹿から知らされた。


「今回は光輝サマの初めての試合となりますので、改めてご説明させてもらいますね」


権利者に与えられるセラフを利用した戦闘行為。

専用に用意された空間とはいえ、破壊行為を行うことに違和感を覚えなくないが、仮想空間というディープセラの実態に現実感を抱いてもらうには、これくらいの行為が必要らしい。

まさか権利者の一部が運営する店での飲食を強要するわけにもいかない。ディープセラが提供する空間とセラフその両方を利用した何かとなると、方法は限られるのだろう。


「ちなみに破産に限らず、試合への参加義務は現実で死亡なされた場合でも免除されます」

「当たり前だろ、そんなの」


試合中の死亡はあくまで仮初のもので、試合が終了した時点で復元される。以前に見た試合についても実際に死亡事故が発生しているわけではない。

ただし、試合中に痛みを感じることもあれば損傷による運動障害も発生する。試合中の死亡は敗北条件でもあるため、痛みも軽視できるものではない。

内蔵が飛び出しそうな負傷も特殊な演出に代替されて観戦に困らないが、対戦車の反応は優しくない。


「それでは、そろそろ試合が始まりますので失礼させていただきます」

「――いけるか、ミセラ?」


端末に触れて自身のセラフを出現させる前にも、道路の先には対戦相手が見えていた。


街中を思わせる景観は、実際に試合になると足が引ける。


建物の倒壊による死亡は、観戦中に何度も見かけたものだ。死因は直接戦闘に限らない。相手を攻めることと同じく、権利者を守るのもセラフの役割である。セラフと距離が遠ざかるほど危険は高まる。


「確かチャージが要るんだったな。どのくらい必要なんだ!」

「今は要らない! 初期資産の半分がセラフに与えられてるって話、聞いてなかったの!」


試合の開始が知らされると同時に、自分の前にミセラが立つ。


直後に届いた衝撃に、目が細まる。

短い風切り音の直後に間近で起こった衝撃は、直撃こそ防がれたものの、周辺に余波を生み出した。


周辺の道路には無数の石礫が散らばり、ミセラの体の隙間からの景色には岩の残骸が見えた。それが投てきの類と分かった頃には相手のセラフが近くの建物の壁を伝って、次の攻撃を狙っていた。


長細く見えた四肢も誤りだと分かる。

毛並みに覆われた体表のおかげで正確な体躯は掴めないが、人間を越す背丈を持つ相手の実際の腕の太さは、並みの人間とは比べるまでもない。

そこから生み出される力も同様に。


ミセラの背が近づいたと同時に、攻撃が届いて屈めた自分の背に無数の破片が降る。


たとえ敵の攻撃からの直撃を防げるとしても、今の状況のまま試合終了になれば判定で負ける。

小石を浴びる程度の軽微な損傷も評価対象であり、そのわずかな傷の修復のために、ノード資産にも表示未満の減少が起こる。


時間とノードがあれば致命傷さえ修復しうるという試合中の仕様も、一概に都合が良いとは言えない。


「私では届かない。本体を狙うしかない」


ガード姿勢を解いたミセラが、伸ばした手に剣を生み出す。


「攻撃に当たらないよう逃げて!」


対戦相手のいる方に一緒に走れば、途中からミセラが一気に先行する。


人間では真似できない走力で、相手との距離を一気に詰めた。投てき物を得るために、何もない道路ではなく建物の外壁にとりついた相手セラフはその動きに間に合わない。


代わりに、敵の攻撃を防いでくれる存在を失くした自分へと攻撃が向けられた。


道路の舗装を軽々と穿つ一撃は、直撃すれば無事では済まない。

良くて重症、即死もありうるなら、自分の進む先に攻撃が向けられた時点で負ける。相手セラフの動きを見て回避するなんて余裕もなく、時間が立つほど荒れていく足元によって、回避は難しくなる一方だ。


それまでにミセラが対戦相手を倒しきる必要があった。


瓦礫が増えるごとに逃げ道が減る。それでも建物を材料にする相手と道路にいる自分から距離が離れていた。

形ばかりの安心に身を任せて回避に専念すれば、状況把握に遅れる。


自分の周囲に投てきが届かなくなったことで視線を走らせてみれば、相手セラフの姿は元の位置になく、次に聞いた一瞬の悲鳴に、同時に付近の建物に巻き起こった砂埃から、作戦の失敗を知る。


対戦相手の体の各所には深々とした傷の演出がゴア表現を防ぐ形で表現されているものの、どれも決定的な損傷にはならなかったらしい。


そのそばには敵のセラフが控えており、直前までの隙は無い。むしろ、こちらがセラフから一方的に引き離されたことで、予定と逆の立場になったとも言える。


投てきという戦術を取ったが、軽微な損傷を最初から無視していれば正面衝突でも勝てたという余裕を見て、試合を決める対戦相手のセラフヘの命令を耳が拾った。




死の瞬間に備えた視界が静止した。




相手セラフの大きな体躯が目前にして止まり、光となって散った後に、対戦相手の姿を見つける。


頭部に刺さった剣、それが形を失ったとほぼ同時に対戦相手がその場に倒れる。視線を横に動かせば、敵のセラフに投げ飛ばされて見失っていたミセラの姿があり、握っていたはずの剣のない手がない。


試合終了の表示が現れた頃には、勝利した自分の端末に増えていくノード資産が映る。攻撃を与えたことによるわずかな回収分とは別に、試合を終えて数値が上がる。


観戦所で行われていた賭けの利益の一部が勝者に褒賞として渡される。

これもまた権利者の一部が経営しているものらしく、賭け事目当ての観客が増えることによるセラフの力が知れ渡るリスクも、配当を渡して不満を抱かれないようにしている。そもそも全員が対象になっている時点で、相対的なリスクは短期的には大きく変わらない。


待機時間が過ぎて、戦闘フィールドから離脱移動させられ、それまでにそばに寄ってきたミセラと共に、元いた街中に戻されてようやく深い呼吸ができる。


辛うじての勝利だが、これが続けられてようやくノード資産を減らずにすむ。長期間になるだろう父親探しも不可能ではない。

本来目減りする一方のノード資産も、自分に限れば消費する先は試合以外にない。


そんな甘い思考は、ミセラの一声で中断された。


「チャージして」

「そういえば、そうだった。……どのくらい必要なんだ?」


軽い気構えの質問への答えに、直前までの見込みは大きく崩れる。


ミセラが求めたノード量は、試合の褒賞を軽く上回る。

消費した量はセラフが有する初期資産その内の半分。こちらを含めた全資産では四分の一、それを一試合で消費したことになる。それすら最低限で、全力で戦闘しようとするなら現在のノード消費量では全く足りないらしい。


初戦の勝利も、死亡判定によるもので損益率を基準にすると話にならないのだと。自分とミセラが、対戦相手と比べて無傷といっていい状態であったにも関わらず。


「二度、剣を出した時点で勝利するには対戦相手の死亡しかなかった」

「嘘だよな。それとも剣に特別な力があったりするのか?」

「……重たい、壊れない」


長い沈黙の後の言葉は、言い訳のように聞こえた。


暗い先行きに思わず下がった視界を持ち上げてみれば、ミセラといえば見回す動きを止めて一点を見つめる。視線を追えば、店と商品を買い求める客の姿がある。


「ラーメン、食べたい」


明るくない財布事情を話した直後に要求する、ミセラの大胆さを知ることになった。


「光輝は食べないでいいの?」

「いいよ。こういうのは食べ慣れているからな」


店に近づいた時点で届いていた匂いは、眼前の机に置かれてさらに強まる。

初めて食べるというミセラの言葉に、断わることはできず、器の底の一滴まで飲み干す姿に、結局不満は言えなかった。



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