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21_World Without Worth



「おはよう、兄さん」


寝室を出て階段を下りたてき先の食卓では、既に食欲を誘う匂いに包まれていた。


「何か手伝うことはあるか?」

「あるにはありますけど……、その前に顔を洗ってきてください」


求めに従って出戻った後には、配膳を手伝って食事に移る。


世界各地で確認されている異常現象だけに、普段は住んでいる地域にしぼられた報道内容も提供映像が多い。それらの直下に特定の人間がいると分かるまでにも時間を要さなかった。


突如として上空に出現した無数の剣。

通常では接触不能なそれは、ある瞬間から質量をともなって地上に落ちる。治安状況の悪い地域で多発することや被害状況から原因は特定できた。報道では関係を取りざたされる程度だが。


「駄目ですよ。食事中は、こちらに集中してください」


注意はするがそれ以上の行使はなく、報道映像から視線を戻せば、黙々と口を動かす姿がある。


二人をのぞいた戦場の全ての存在に剣が降り注いだあの瞬間、試合は敗北に終わった。


以来、地球全域の上空に剣が出現し、セラフを現実で行使した瞬間に同地点に落下されるようになった。一部では、その現象を利用した破壊事件も引き起こされているようだが、以前より事態が抑圧されたのは間違いない。


朝食の後片付けをして居間の安楽椅子に身を移せば、腹が落ち着くまで体を休ませる。喉が乾かない程度に口に含む水は、ここで暮らす以前に感じていた味と、やはり違う。


「少し、外を見てくる」


日も昇った時間帯で窓の外では木々の緑が映える。

返事を待って屋外に向かうも、建物の陰に来ても持ち出した端末は操作できず、庭を散策するだけになる。


時間をおいて戻ってくれば、安楽椅子で無防備に眠る姿から毛布を直す。騒音の立てず読書で過ごせば、呼び声で夕暮れを知らされる。


こんなものが欲していた物だとすれば徒労でしかない。


あれだけの力を持って唯一行うことが、内に閉じこもって凡人と同じ屋根の下で暮らすことなど。

外の状況を起こせるような存在なら、何かしらの行動を起こしているはずだ。ディープセラの影響を拡大すれば、土地も言語も関係なくなる。世界を平らげることだって不可能ではない。


それでも結局、答えを見つけられないまま、密かに定めていた期限は過ぎた。


「由葉、話せるか?」


その質問に軽重を問い返され、頷けば相手も了承が返る。


長椅子に隣して座る。背もたれの高さも十分にあれば必要なく肩が触れる姿勢になって、日が落ちた室内に視線を漂わせる中で声が届く。


「返事を聞くのが怖かった。直視するのに耐えられなかった。だから逃げた」


何故と問えば独白のような答えが返る。


「兄さんのことが好きなの。一緒にいて心地良いとかそういうのではなく、もっとに単純に。

肉体も言葉も押し付け合って、お互いの形を確かめたかった」


重心を揺らした体は遠ざかり、半身を向き直した相手と視線が合うもすぐに外れる。


「分かっているの、そうじゃないって」


それに他者や外部への言及はない。

一連の騒動がそれぞれ独自に動いた結果であれば、都合の良い流れに乗り合わせた以上の関係は存在しない。目的以外が手段でしかないなら、過程が不可欠であるほど他の表現を用いる意味がない。


椅子から離れて目の前に立つ動作を何と意味付ければいいか。


「……それでも、兄さんが欲しい」


自分には分からないのだ。


はたして生きていれば眼前にいるような姿があったのか。

体付きすら演じれるものなら外見は無意味で、空間も全てが相手の思うままに整えられているなら、何に頼って判断すればいいのか。


「私の全部をあげる。だから、私と一緒に生きてほしい」


あってないような選択肢を与えられて返事に詰まる。

こんな答えに本当に吊り合うほどの価値があるのか。こんなもののために相手が今日まで過ごしてきたというなら、それを言い放てる自分は冷酷と呼ぶほかない。


「……妹は、とっくの昔に死んだ。死んだんだ」


一度背を向ければ、懇願に混ざった笑みは後に残らず、今日になるまでにあった表情や口調を取り戻す。


「だから、私はこれでお終い」


抱きつくように近づくと端末を持たせた両手を上から包む。


「お願い、もう一度だけ私の名前を呼んで?」


姿が消失した後には、手元にある端末の変化だけが存在した痕跡となる。


加わった数値、権限に誘われるまま転送指示を実行して、全てが白く映る空間と出会う。


通路と呼ぶには不格好で、それこそ一番最初に体験したような無機質な表面で構成された場所に思える。あちらは試用な空間だったが今回は機能性を重視したためか。


望むがまま、伸ばした手の先には小さな画面が現れる。

素人の自分が操ると、活動していた地域に偏るようだが、ここなら全ての情報が手に入る。続くかぎり永遠に眺めていられる。


それも悪くない。

退屈を感じたら、各地に出向いて現実の広大さで心を洗い流せるはずだ。


画面を引き連れたまま最奥である円柱型の空間まで進めば、中央に浮いた半透明の球体を見つける。


「魔人の大半が休眠しているのは、ノードの流動性を保つためだ」


ひたすら個々の情報を追うだけでは実態を把握できない。概要を知るにも基準となる何かが必要で、不手際を先達の言葉に助けられる。

地球全域、それ以上の空間を管理するディープセラは、元より人間の認知能力では扱いきれるものではない。


「流通に実体がなければ証明できず、人々はその価値を信じない。最低限の担保と運用上の積立分をのぞいた全てをディープセラの循環に充てている」


作り物じみた空間でも足音は伝わり、振り返れば小動物の姿をしたセラフも連れていた。


「……生身を失った魔人にとっては、君たちこそが資産であり、その繁栄と存続のために魂を捧げている」


誰かという説明は難しい。

親しい間柄と言えるかは微妙で、元共犯者という表現が最適だろう。


「君が手にしているのは、そういうものだ」


名前を呼びかけると、挨拶が返る。


「あの後は、大丈夫でしたか?」

「敗北したと皆が知っているだけ被害は軽いかな。いずれは収まるものだ」


打ち倒そうとしたロゼですら運用側の立場を保った上での計画だった。それでも自分という独善的な人間は、意思を発しなければならない。


討伐を果たすために、現役の人間から多くの資産が失われた今なら採択を強行できる。

全資産を投じても必要となる比率には届かないが、その行動は確かなものとして目の前にいる相手には伝わる。


「その選択で良いのかい?」

「こんな在り方は嫌だ」


実行されれば撤回できないそれに後押しが加わり、承認されたことで提案した処理が実行される。端末に表示された底付く数値に意味はなくなる。


「……いいんですか?」

「良いのさ、出会えただけで十分だ。君が守り通した世界で生きるよ。こんな事態になったが、おめでとう、と言われてもらおう。私も魔人になった時、先達からそう祝われたからね」


若気の至りで生まれた義理の息子みたいなもの。

私とそっくりなところもいい。いや、君の場合はもっと大胆か――、


そう付け加えると背中を向ける。


「完全解体まで猶予がある。最後の別れを済ませたほうがいい」


離れていく姿に感謝を告げれば、在りもしない帽子のふちを掴むように腕が一度だけ動いて、後には足元にいた白うさぎと共に姿を消した。



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