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自分はミセラを現実で呼び出したことはない。それを言及されたこともない。

けれど、帰還後に告げた集会の内容からも察したはず。


数日前に交わした約束の前提が崩れた。


首謀者である魔人の討伐。

魔人の場合、ノードの枯渇による参加資格の失効はないが一時的に活動不能になる。通常の利用者と異なり、ディープセラの運用益によって資産は回復する。その期間中に、セオドアが運営側の資産流動を操作することで回復を防いで休眠状態にする。


作戦が成功してロゼが休眠すれば。契約によって譲渡されるセラフも活動できなくなる。

いっそ試合中にでも剣でこちらを刺してくれれば安心できるのに、ミセラは頷くだけだった。


「上手く焼けたみたいだ」

「ほんとう?」

「ああ、あとは冷ませば完成になる」


窯から取り出した鉄板の上に、不揃いな焼き目が並ぶ。


それまでには調理道具の洗いもすませており、盛り付ける皿も用意されていた。粗熱が取れる頃には大半の片付けも終わり、厨房から運び出す際に紅茶もそえて、庭園のテーブル席で休む。


まがいものの空が次第に夕焼けて、新たな一口目を求めた拍子に会話が混ざる。


「こんな日が続けばいいのに」

「そうだな」


素朴な味に手間の価値があるか不明だが、自分がミセラに与えられる現実は、この程度だ。


資産の伸びも段々と弱まっている。

これは自分の知名度や対策といった話ではなく、新規参入の減数や割り当てられる名簿の順番が関係している。


ノード資産自体がセラフが能力を使う度に消費されるため、試合ごとに補充されなければセラフに預けた資産は減る。最低限の補充だけで戦うようになれば、こちらが一撃で倒したしても消費分を回収できなくなる。

それでも計画が順調に進めば、目標までに必要とされる試合数は多くない。


試合終わりに公共エリアに戻された後には、組織と連絡を交わす。


仕様変更に必要な資産比率と現在との比較のため、協力者には資産変動の情報が求められた。対戦相手の資産を直接確認できずとも、戦闘時の回収分から逆算可能で、諸々の情報を組織側がまとめることで目標まで進捗が分かる。


試合外の小さな出費を無視した概算だが、勝利を続けて資産を増やせば、貢献できることに変わりない。敗北や消費を回避するために協力者同士で試合を組むなど勝利に固執しない手段も取られており、以前の状況より、馴れ合いや統率が感じられる状況になっている。


次に届いた返信の内容から次の対戦相手を指名する。その繰り返しで組織全体の資産を増やしてきた。


手順が中断される。


表示された中断理由に従い操作した先に、見覚えのある画面が映る。


今日までの対戦相手も見てきただろう自身を対象とした競札。上限額まで瞬々に入札額が吊り上げられたかつてと異なり、今度のは最低額の一回のみ。周囲を見回したところで原因は見つけられず、自分の割り当ての返却を組織に連絡した後で場を立ち去る。


期限となる次の試合までには何度か入札額が更新され、試合の直前、通知された落札結果に見知った名前を確認した時には、何故と独白するしかなかった。


転送された先で、距離を置いて相対する相手のセラフが出現する。

足を含めれば八本だろう手足が背後から包み込むように動いた後には、高層ビルに囲まれた道路から相手の足が離れる。


「どうして、こんなことを?」

「どうしてなんて、いまさら言うわけ……」


周囲の建物を支えにして網のように張り巡らされた糸をセラフの多腕が掴んで登る。


「隠れて変なことに手を貸して、危険なことだって分からないの?」

「被害を止めるには誰かがやらないといけないことだ」

「アンタがやる理由はない」


見上げた先の相手から撃ち出された塊を、ミセラが切り払おうとして失敗した。


相手のセラフと繋がって見えたそれは、剣に接触すると同時に、網のように広がった。

ミセラと自分にまとわりつく。触れて分かる不均一な太さの糸は、動くほど絡まって隙間が縮まり、ミセラの剣で引き裂いて脱出できた後も、邪魔な残骸が足元一帯に残される。


その手際の悪い過程を、真矢は追撃なく静観していた。


攻撃性が皆無でもセラフの能力に違いない。

拘束に特化しているのは経験したばかりで、他の能力も同様だとすれば、攻撃はセラフ本体で行うのか。運動能力が高ければ、地上から投じた剣が当たるとも限らず、相手の元まで向かおうとしても、妨害されて高低差を味わいかねない。


本人とセラフが一緒に移動している点も、必ずしも不利に働かないと示される。

攻め手に欠く。


「知ってるよ。外の事件では死傷者も出てる。けど、そんなこと当たり前に起きているし、手段を奪ったところで行動は変わらない」


建物を繋ぐ糸同士を立体的に繋ぐ。飛ぶと表現するには邪魔だが足場としては十分らしい。端末を介した真矢の声に、糸の射出音が混ざる。


「教えてよ、光輝。これまで通りで何がダメなの?」

「これまでを守るためだ。正義感で行動しているわけじゃない」

「そう。私は止めるよ。何度だって、ノードが尽きたら関われなくなるでしょ?」


真矢の願望は実現しない。

資産の保有量は知らないが、セラフへの補充を最小限にしてしまえば、対戦相手を死なない程度に痛めつけるくらいのことしかできない。


対戦指名も、事前にされると分かっていれば確実でないにしても対策はある。


枯渇するまで試合を繰り返して、何の意味がある。

引退までに浪費した時間は、もたらした結果に釣り合わない。強制的に危険から遠ざけたところで付き合い方は変わる。それは真矢にとって日常の変化と何が違うのか。


話は終わりというように攻撃が再開される。


接触寸前に広がった最初の攻撃と異なる、さらに手前の段階で広がるものもあれば、塊の質量をそのまま地面に当たって崩れる。多様と表現したところで対処が見つかるわけでもなく、連続で放たれる糸の塊に、ミセラの動きは着々と鈍った。


隙に自分だけ網に捕まれて空に引き上げられる。

ミセラの声が遠のいく間に、逆向きの慣性を浴びた。


網が幾重に全身に重なり、さらに外周を繭のように包まれる。窒息を防ぐためか頭の周辺だけは免れたが身動きは完全に封じられる。

純白と言えない、木板を薄めたような白と金が混ざった色味が、繭の上寄りに空いた穴から照らされる。


「光輝にとって、私との時間は日常じゃないの?」


現れた真矢が穴の淵に座り込む。

セラフと一体化するために安全帯のように体の各部に糸の束を巻きつける。それが元々の能力でないなら対戦を重ねた末の工夫かもしれない。


勝敗をつけるだけなら、とうに終わっている。

家に呼び出してまで話す内容でもないが、誰が聞いているかも分からない食堂で話せる話題ではない。ではなくなった。


遠い出来事だからこそ目についた違いに露骨に反応する。

無関係を主張したところで、所属していることに違いないから。


「セラフが現実で活動するのが当たり前になっていいのか?」

「環境に順応するのが生物だよ」

「だったら、俺みたいな堅物も見捨てることだってできるだろ。真矢にとって俺は何なんだ?」


本来、明確にするものではない。

相手の思考も知らなければ本当の価値など知りようがない。


けれど、決断が迫られば天秤の皿に差し出すしかない。重みを決めるのは自分自身だとしても。これまでの経験もこれからの展望も、全ては主観でしかないのだから。

責任とは無関係だ。

行動しないことも選択なら行動の有無で責任は変わらない。ここに存在して、こちらが強要しなければ考える必要もなかった。


お互いに定かでないモノを介してを投資を重ねて、その都度で見積もることになる。


「分かんないよ。教えてよ!」


真矢が手にした端末を操る。

それは見慣れたものだが、真矢の所有物ではない。


「ライネ、チャージ2万」

「駄目だ!」

「これが本当に光輝の数値か、よく見なさいよ」


前に伸ばされた腕の先には、自分の端末がある。


けれど、数値は異なる。

大した負傷もなければ極端に減ることはない。現れる前に細工されていなければ、眼前の数値は、おそらく真矢のもの。


減少を防いできたのか、今日まで増やしてきたのか。

少なくとも参加を決めた当時の自分より高い。


「嫌いになってもいいから一緒にいてよ」


たとえ離れようと生きていてほしい――、そう願った言葉は音にならなかった。


真矢との間に試合結果が表示される。その現象に静止してしまえば、話し合う以前にお互いの主張を交わせないまま、中断された事実を残して相手の姿が消える。


手元の端末を握りしめる。

試合直前に見ていた景色を周囲に、それを成した相手を見ることになる。


合理的な判断だろう。

開始早々に拘束され、手出し不能な状況になった。その事実だけを知ったミセラが被害の最小化を試みるのは当然で、こちらの目標がディープセラ全体のノード資産の回収であるなら、一度の試合結果に固執すべきではない。


セラフと人間で損傷時のノード消費に差があるとしても、圧倒的優位にある対戦相手の行動に最悪を想定すれば、助けられた実態がある。


それを素直に伝えられる人間であれば、こんな事態に至らなかったかもしれない。普段のように報酬を求める発言が真っ先に届けば、先送りにして忘れられた。


「……自分自身を切ったのか?」


試合の勝敗に揺られもしない重なった視線が一体に何に向けられているのか。


「いいの。セラフは死亡を前提に作られているから」

「俺だって試合中なら死んでも問題ない」

「違う。人間は何度も死ぬように作られてない」

「それでも俺のせいで」


ミセラの将来を奪う活動を選択しておきながら、協力的であるはずの行為を拒む。

それは自分とミセラが個別の存在であるためだと自覚している。


「……今日はもう休まない?」


存在しない傷跡を探そうとした手が引き込まれて、残った片手で端末を操る。



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