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利用者の増加を意識してしまえば、出歩く機会は減る。

不意に受け取ることになった屋敷だが、今ではこちらの方が長く留まっている。


公共エリアと比べて小さくとも、庭付きの小さな屋敷は持て余す。

外の木々の葉が揺れれば、空間の端も背景一枚と思わせて、時折、生物が侵入していることもある。それが現実同然かと問われば、手入れを欠いても整っている芝といい。微妙に違う気もする。


制度的な不備を個人に強いたことへの迷惑料だが、後の譲渡への期待を込めてだろう。通用せずとも損失が小さいゆえに迷わない。最長でも百年かからずとも取り戻せるなら、彼らにとっては安い。


出窓から十分な光も届けば昼の間は照明もいらず。悲しいことに、掃除の気合の入れ具合も違う自覚があった。


「譲渡の話はどうしたい?」

「コウキはどう思っているの?」

「そうだな」


決断できないのは相手も同じ。

立場を考えればセラフは権利者に逆らえない。セラフあっての権利者でも実態として、権利者の同意なくノードを扱えない。だからこそ先に答えるべきは自分になる。


「生きられるかぎり生きていてほしい。その手段を諦めてほしくない」


対戦を目的につくられた物であっても、それ以上の機能がある。感情が作り物でも演じられるなら人間同然に扱いたくなる。本質より主観で考えてしまう。


「わかった、全力で生きる。……だから安心して?」

「安心して、って。心配させるような表情してるのか」

「違うけど、いつも考えてる目をしてるから」


ミセラの予想とは裏腹に、悩み続けているのは単なる癖で大した意味はない。


「まあ、こうして会話できる相手の決定権を持っているのは、自分には荷が重い」

「私がいると苦しい?」

「そうは言わない。安易に手放せる機会に飛びつく真似はしたくない。本当に嫌だったら、ここに留まっていない」


自分が大した人間なら、そもそも訪れていない。

自分本位で父親に不満を向けた結果であり、ミセラのおかげで厚遇されている現状に不相応を感じているだけだ。


「譲渡が決まった後も、ノードが尽きるまで一緒にいてくれると助かる」

「そっか、私の方が長生きするんだ」

「会えなくなるだけで当分は生きているけどな」


譲渡後の待遇は分からない。

そもそも所有者に全権がある。下手に待遇交渉すればセラフの道具としての価値と釣り合わず逆効果になりかねない。そのあたりは、ミセラ自身で納得するしかない。


譲渡という手段があるなら用途に適した形でセラフ自体も設計されていると思うが、譲渡後に反抗するなら場合によっては記憶を消すのもあるかと問えば、それは無いと答えが来る。

そう決まれば、手にした端末から交渉相手に連絡を送った。


しばらくして端末に反応がある。

予定合わせの指示が届いたと思ったが、差出人は予想した相手ではなく、集団戦の検証で知り合った相手だった。


とはいえ問題は、届けられた注意喚起の内容にある。


別にディープセラの中だとしても現実の話題はある。あるいは、現実の物品を持ち込んだり、現実より便利な場所として存在してきたはずだ。

文面を読み進めるほど疑わしさが増して、正確に理解できたかは分からない。けれど、端末から仕様変更を確認して、その中にありえない内容が記載されているのを知る。


端末に届いた内容から外部の時事情報を参照すれば、他国で起こった強盗事件が示される。それだけなら日常的に起きうるものだが、少なくとも防犯映像の切り抜きには身元特定の回避には過剰な仮装じみた姿があった。


犯行の寸前に突如として出現し、最初からいた一人と協力する様子の一部始終を確認する。その奇妙な状況を指摘するような強調加工が次段の画像に並ぶ。


これがディープセラ内で起きたものなら。試験的な仕様の不具合をついて、保護されるエリアに戦闘エリアを重なったと言い訳できる。だが、犯行時に周辺の客が逃げ出す様子は、違反行為による失効がない理由と矛盾する。


「なあ、ミセラ。いつからディープセラの外でセラフを召喚できるようになったか調べられるか?」

「……昨日からみたい」


すぐ近くの相手に問えば、人間が思い出すように視線を外した後に答えが届く。


おそらく事件自体は、大抵の国が状況証拠によって裁ける。

だが、実行者が単独でなければ、よほど自衛の進んだ地域でもなければ個人の手に負えない。


その日は余った時間を調べごとに費やした。


ディープセラから帰還した自宅で、改めて端末に目を向ける。仕様変更通りならば権利者の操作で実行できる、それを試そうとして最後で指が止まる。画面を切り替えて、直前まで見たものと同じような夕暮れの空を窓に見て、家を離れる。


日を改めても気は落ち着かない。

最初の連絡以降、有志が情報をまとめるようになり、同様の事件が拾い上げられるのが世界規模になれば、たったの数日でも個別という認識は失せて、地域単位の件数で扱われるようになる。


同じように現実側でも、ディープセラの関与を知らない情報媒体で事件が取り上げられる。

意見欄を読めば、原因に関する話題の中で正解を言い当てる者が現れ、その賛否で入り乱れた。


仮想のままであれば取るに足らなかった存在の名が、公然の場で語られる。

それが部分的にも害を及ぼすとなれば、指摘されるのは時間の問題だった。


所在も運用実態も、おそらく正規の書類で確認できない。

噂だけで形作られたそれに興味を持った者が手段を問う。どうすれば利用できるか、内部の事情を語る者たちは同じく経緯も書き残していており、それをたどれば原因にたどりつく。


「ここにも利用規約が……」


単なる文章や画像の転載と言い切るには疑問がある。共通して同じそれが持ち出されて、誘導元では失敗や罵倒と並んで、成功や感謝が書き残される。


求められることが単純ゆえにそれぞれが経緯を語る。失敗例に対して、単純に読み進める以外の方法を試す者も現れ、積み重なる内に結論が最初の誘導の言葉に戻る。


一言一句というのは不正確だ。自分が確認したものは最新のそれとおよそ一致した内容だったが、各種言語に対応して複数存在するはずだ。それどれもで有効なのか。


情報を知るだけでディープセラに参加できる話は疑わしいが、以前の案内人の話も合わさると真実味を帯びる。


日を置けば、予定の時刻になって端末に通知が届く。

招待に応じて空間を移動すれば、部屋の主から出むかえを受ける。


「お久しぶりです。体調のほどは、お変わりはありませんか?」


前回の話し合いは屋外の庭園だったが、今回の部屋も立ち入るには場違いに思えるものだ。

借りている屋敷の調度品にも格式の違いは感じていたが、それ以上。手の爪を立てるのも気が引ける艶のある木製家具に始まり、天井格子の奥行きには、壁と天井の境を溶け込ませるような丸みの装飾がある。

国や地域性が関わるとはいえ、量産消費に慣れた自分には合わないものだ。


定型文の挨拶を交わせば、ミセラのための椅子も用意されていると教わり、場に加える。その後に腰を下ろせば、主人の背後にある出窓の景色に、どこまでも続く平原と土の道を見つける。


「すごく‥‥、高価そうな部屋ですね」

「そう思われるなら、これを作った職人も報われるでしょうね」


思い入れの有無を確認してみれば、家の専属が作り上げたものが原型と語る。

現存しても同じ状態であると限らないものを、こうして実物同然に扱えるのは、ここの特権だろう。


事前に持ち込み不要と聞いていたが、皿に盛られた小腹満たしを見るに、要求されなかったことで助けられた。吊り合う品を探そうとすれば自分の一か月の食費ではすまない、その推定すら信じきれない。


そんな雰囲気の室内にいて、ひとまず要件を片付ける。


「引退後の譲渡の話は、今でも有効でしょうか?」

「はい。この場で改めて申し上げますが、私は貴方のセラフを欲しています」

「分かりました。手続きの方を進めていただけませんか?」


最後の確認に視線を向けてから了承を告げて、説明を受ける。


いつかの案内人が見せたように、差し出した端末上に手がかざされると、操作画面が自動で何度も切り替わり、必要な操作画面が呼び出される。


対象のセラフが契約の場にいることも条件にあるのか、ミセラの前面に円盤状の表示が出現し、譲渡対象や操作待ちを示すように明暗や光が周回する演出がある。


譲渡先の名前が表示された画面で同意を押せば、実行されたことが表示されると同時に、ミセラの側でも役目を終えた表示が消える。


「これで完了しました。コウキ様がディープセラを去られた場合、自動的に私のもとに所有権が移ることになります」

「助かりました」

「いえ、これは私からの要望ですから。事後になってしまいましたが、本来なら私からも相応の対価を差し出すことで成立するものです。そう思って心の準備をしていたのですが、……今からでも何か提案なさいませんか?」


今回に限れば、金銭や相当するものも要求できるのだろう。

けれど自分はミセラの価値を知らず、それを交渉相手に問えば判断を強いることになる。


準備不足であり、ディープセラへの知識に関しても違いない。

同時に恩を着せるなら通用する相手である方が望ましく、この場かぎり、あるいは所有権が移り次第に態度が変わるとしても、それはそれで、ミセラを有効に活用する保証になる。



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