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ディープセラの公共エリアでは、買い込んだお菓子を詰めた袋を片手に見回してみれば、集団戦を示す球状の侵入規制をいくつも見つかる。
これまでも任意で試合は行えたが、対戦者両名が送られる戦闘エリアを観戦所の画面で見守るだけだった場合と異なる。実際にエリアの一部が占有されることで、試合の規模を目視で実感できる。
「にしても盛り上がっているな」
「このまま増えたら歩くのも難しくなりそう」
試験的な導入で、義務の試合が免除されるわけでもなくノード消費は増えるのだが、どのみちセラフに消費する前提なら節約の意味もない。
対戦に興味はあっても一対一では魅力が少なかったところを今回の実装で需要を掘り起こしたというなら、利用者に長らく望まれていた追加要素なのだろう。
「家に戻るか?」
ミセラの同意を見て、散歩を中断する。
観戦に混ざれば、知り合いとの会話でミセラを放置しかねない。どのみち大通りの一部まで塞がれる事態も、集団戦を楽しむ層と検証のための実験が場所を取り合う影響だとすれば、次第に解消されるに違いないのだから。
そう予想して屋敷に帰ってきた先で意外にも、答えは簡単に判明する。
「ええ、大忙しですよ。こうして休憩用の私を用意するくらい」
出現した案内人に席を用意すれば感謝を告げられる。
質問する方法を考えていたのは正直なところ。端末を操作しながらを口に出した途端に、それが実現した。先立って断わられたが飲食は不要とのこと。
「新規加入の増加ですか……」
「私どもとしては喜ばしいことですが、その分、手間は増えますからね」
「勧誘を減らせば済む話では?」
「そのあたりは規則といいますか労働条件というか、私に裁量はありませんので」
ディープセラの利用者増加により試合数が増えた。公共エリアを占有する集団戦も同様に増加したのが現状らしい。
主要な道は保護されているというが以前と比べて混雑は避けられない。同じような苦情が連日届いているのだと。利用する時間帯を変えれば回避できるとしても、多くの人間は日常生活が優先で、自分もその例にあてはまるため早期の解消は望めない。
気楽に出歩けなくなる状況を知らされて、ミセラと目が合う。
「お恥ずかしいかぎり、鍵を盗まれてしまして。現状、こちらの勧誘を待たず、ディープセラに加入できる状態になっています。私も勧誘作業は休止、このところ入場案内ばかりです」
ディープセラの利用増加を喜ぶと同時に、利用者の混乱も望まない。
仕事中の愚痴と聞き流してしまえる話題だが、案内人の話はどこまで個人視点でなく運用側の立場だ。仕草すら一般常識に合わせた演技に思える。
セラフの存在を知ってしまえば、自称通り案内人であるという言葉も信じられるものだ。
「ああ、鍵といっても物理的なものではありませんよ。おかげで大量流入を招いているわけです。こうした試みは以前からありましたが、今の時代、情報流出も早いですからね」
仮に嘘をつくことが運営の立場で好ましくないのなら。
長々とした説明を防ぐために大まかな言葉で表現しているなら、利用者から問われれば、運営に支障がないかぎり答えは返ってくる。
「一体、いつから、ディープセラは続いているんですか?」
「……それはもう、皆さんの先祖の先祖が生きていた時代からですよ」
具体的な数値で示すことが逆にこちらの理解を妨げるなら、表現の意図は何か。
利用者が増えて混雑するようになった、そんな単純な問題だろう。
少し高度な技術が用いられていて、一部が現実に悪影響を与えかねない用途で利用しているとしても大半には無関係だと。それが数十や百年程度続けられているとしても、現実で聞かない話でもない。
いったい自分は何に参加している。
死者と思しき人物が今も生きていて、現実の物品を持ち込めて、生物と勘違いするようなセラフという存在が活動している。
「作られた目的が何なのか、はてさて。私も世界も、定められた規則に従って運用され、権利者の皆さまの意見を取り入れているだけです。……強いて言えば、これまでの民意でしょうか?」
初めから存在したものではなければ、その誕生には誰かしらの作為がある。
あるいは道具も使い方次第であるように、意図をもって利用できる。
自分がここに加入した経緯すら疑わしい。
父の痕跡をたどってディープセラに参加した。与えられたセラフが強力なものだったために、魔人祭の中では魔人と対話すら行っている。
他の利用者と比べても、特別な経験をしていると確信できる。その内のどこまでかは不明だが、順を追って考えるにしても最初の経緯は確実だ。
父親と自分の関係を利用された。
今の状況が何者かの作為なら、参加させる対象を意図的に選ぶ方法を見つけたのだ。現に自分は、案内人の予定になかった形で勧誘されている。勧誘されるだけでは断わるところを、父親への興味を利用されて活動を始めた。
人物情報を調べ上げるのは、それ専門の職業があるくらいだ。父親の存在が知られていれば、あるいは知っている中から都合の良い相手が父親とその息子だった。
成否は、自分をディープセラ内で発見できればよい。同じような実験を重ねれば、ディープセラに参加させる方法を特定できる可能性はある。
運営側が勧誘せずとも、利用者が増える。
新しい利用者を作為的に選べるなら、その者に命じて何かを行わせるといったこともありうる。以前から利用してきたなら大きな変化を拒むかもしれないが、新規ならその問題もない。
そうでなくとも、都合の良い人間だけ加入させれて、都合の良い状況に誘導できる。自分がそうであったように。
であれば、おそらく。
既に自分自身に利用価値がないとしても、ディープセラの現状はあくまでも前段階で、大きく事態が変化するのは、これから。
今すぐ引退すれば、影響を回避できるのだろうか。
そもそも悪用とも限らない。一方的に利用されたという不満から、その何者かを悪く見ているだけで、状況に流されるだけの自分が考えたところで意味はない。
今後を考える必要があるとすれば、父親やミセラのことだ。
父親の仕事の内容は知らないし関与もできない。それでもディープセラの変化で影響を受けるのは確かだ。何者かとの対立するでもなく、全体の監視自体が目的であったとしても、懸念を伝えるのは無駄にはならない。
ミセラに関しても、あくまでもディープセラの機能の一部で、直接危害を加える意味はない。
もともと権利者のノード資産の枯渇と同時に消える存在でしかないため、特別な私怨でもなければ、セラフ自体が狙われる理由はない。
加えて魔人側に所有が移ってしまえば、安全性は自分とは比較にならない。
運営を補佐する立場で、自分より状況に詳しいはずだ。
年上で死後もなお生き続けてきた存在で、もしも彼らが危ぶまれる状況が起きるとしても、一介の権利者の関与で改善される問題ではない。
悩んでいるのは結局、自己満足だ。
一方的に利用したミセラとの別れを納得できるか、
この事態にあって時期を早めるべきなのか。相手との連絡手段があるとはいえ、多忙なら連絡を避けるべきで、状況が長引くなら、先に自分のノードが尽きる可能性もある。
初めから譲渡を認めていれば解決した話だが、期間を置ける程度に自分のノード資産に余裕があった。
既に相手方の興味が失せて、譲渡も不要になっているかもしれないが、そのあたりの確認も含めて連絡は行うべきだ。




