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雑談の終わりに女の魔人が告げたことだ。
「貴方の引退後、貴方のセラフの所有権をいただけませんか?」
「それは、事前の取り決めだけで実行できるものでしょうか?」
「もちろん、受領側がディープセラの利用を続けている前提になりますが」
横を見れば視線が重なる。
所有者が否と言えば従うしかないミセラに直答させるのが無責任であれば、追々探っていくしかない。幸いにしてノード資産には余裕がある。
「ミセラの能力は特殊ですか?」
「ええ。結果だけなら威力次第で真似できますが、少なくとも私が知るかぎり、類似の能力は出現例がありません」
ノード消費が多く、割りに合わないと思っていた部分も、長期的に見れば別の評価も可能だと。対戦相手次第で用いるセラフを入れ替えられるなら、相手セラフの保有資産を全損させる意味では相手が強力であるほど有効で、能力使用による消費量を超えて回収できる見込みすらある。
そして、目の前の魔人に譲れば、こちら引退にミセラを巻き込む心配はない。ノード資産の保有量は比べるまでもなく大差ある。
自分がディープセラとの関わりを失った後の問題だ。その判断を知る相手も限られれば、影響を受けるのは取引相手くらいのもの。
「……考える時間をいただけませんか?」
「連絡先をお渡ししますので、気が向いたらご連絡を。……もちろん他の話題でも構いませんよ」
「今の話だと、自分が魔人になると、死亡による脱退が不可能になりませんか?」
「三百万の人生を奪えるなら、その時は私も応援しますよ」
結論は先送りになり、この場での話し合いを終える。
飲み物の共として配られていたお菓子は、女性魔人の声を合図に皿ごと姿を消して、余った分は同数の包装付きで机の上に取り残される。
この場を離れようとした男の背中が直前に一度だけ立ち止まった。
「そうだ、コウキ。祭典の終わりに発表がある。ディープセラの機能拡張に関係するものだから、ぜひ期待してくれ」
二人の魔人が去ると、見知らぬ場所に取り残されたように身動きが取れずにいた。
情報端末の移動先に、この空間が加わったのを確認すれば、次の機会に散策することをミセラに約束してディープセラを離れる。
ディープセラの利用に不可欠でない個人空間の所有。
手にして初めて使い道を考えさせられる。ミセラとの出会いと同様、最初の想定から外れたものだ。ディープセラを訪れる以前は、父との再会だけが目的だった。
これを余裕と呼ぶなら、完全に持て余していた。
自室に帰れば一人、外出時からの帰宅と同じく、最初に窓を開けて部屋に外気を取り込む。壁伝いの生活音、建物の窓の明かりのどれもに人間の生活があることを疑わず、しかしながら、そこにある何かを明確に知っているわけではない景色の中で暮らす。個々の構成員の在り方として正しい。
玄関の郵便箱をさぐれば、投函された白地の封筒を目撃する。
既視感はありつつ以前のような数字の羅列はなく、記されていた中身には、駅の待ち合わせ場所の指定の他にも日付が書かれていた。
事前連絡したとおりに予定日に学業を休むと、当日になって玄関先で真矢と出会う。
「らしくない。最近の光輝、何か変だよ。家庭の事情ってお父さんのことだよね。もしかして会えたの?」
「父親とは向こうで会った」
「だったら、何の理由で今日休もうとしているの? それにその服装」
このまま留まられて外出目前に出くわすくらいならと、不在を装うことなく応対すれば、問い詰められる。返答に不満を告げ、留まろうとする。言い聞かせたところで、なお行き先を探ろうとする真矢を断わる。
駅前の停留所に着けば、指定地点には父親の姿を見つけた。
声をかけようとしたところを手で制止され、歩き出した背中を追って道路の手前に来れば、待っていたように車両が現れて一緒に乗り込む。
「もう話していい」
「こんな手間が必要なのか?」
「そうだ。必要なことだ」
待ち合わせた時間帯もあるが、父親の外見は相変わらずである。ここに至っては私事に運転手を付き合わせるといった発想はできず、直後の会話も相応なものになった。
「……ディープセラの内で食事をしたことはあるか? 食材が外から持ち込まれている以上、中で食べようと同じ。個人視点では、それで十分だろう。だが、経済視点で考えれば別だ。食材一つ当たりの経済効果はどうなる。数日で消費されるものはともかく、数年、数十年と内側で貯えられたものが一度に放出されてしまえば」
国家が補助の配分を誤れば経済が安定を失う。それを根拠にしても所在を隠す理由にはならない。父親は意図的に情報を隠している。
「監査の方法がない以上、ディープセラの拡大は、国民の混乱を生むことになりかねない」
追及する気はない。したところで自分の行動は変わらない。
口を閉ざされるくらいなら、行動方針から探った方が父親を知れる。
「そもそも、これらを担保しているのは何だ。国家は統治機構を公表することで、妥当性を示している。ならばディープセラは? 運営者も運用実態も詳細は非公開だ。ひたすら実効性によって保証される原始的な制度で成り立っている」
ディープセラを危険視して抑圧や縮小を目的に活動するにしても、公的証明書の内容を後から修正する権力を持つ組織などありえない。それこそ国の直属でもなければ。
「現実同然の仮想空間をセラフによって書き換えるための資産が、人間同士の取引にまで用いられるなら混同と言わざるを得ない。本来疑うべきは独自資産の実効性であり、仮想空間で行われたはずの経験が現実に反映されている事実にあるはずだ」
ディープセラを名指しで禁止するような制度はこれまで聞いたことがなく、少なくとも、自分は参加するまで存在を知らずにいた。父親もまた、全く同じではないにしても今話している内容を別の誰かから教わったに違いない。
「親父は、いつからディープセラに参加していたんだ?」
「家を離れる時点で既に参加していた。光輝の方は?」
「まだ一ヶ月と少し」
「そうだったのか」
声の緊張が薄まったのは、こちらの依存が低いと知ったためか。けれど、続く答えが父親の望む内容でなかったのは初めから予想できた。
「親父が参加していると、手紙で知って加わった」
「その手紙は?」
「持ってきた。その方が良いんだろ」
「預かってもいいか?」
封筒の表の数値の意味まで説明すれば、写真も含めて父親に渡して、先立って返却不要を告げる。
この場にいる運転手という他者を含め、父親の活動は私事ではない。最小限の説明の後に止まった車両が乗り込んだ時と同じ景色を見せた。
「母さんの遺灰は、こっちで預かっている」
降りる直前に告げると、父親は聞き逃していないことを伝える短い返事があった。




