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対戦エリアでは任意の転送が禁止されている。
本来なら試合後には元の場所に帰されるが、直前の対戦相手の様子から何かしらの対応が取られているという推測もあった。
優勢に進めていたはずが能力一つで試合に負ける。
範囲内を攻撃する能力で、使用を重ねることに効果範囲が広がる。ミセラに逃走を許さないほど広げられたそれに投じたノードは、勝利なく取り返せるものではない。でなければ、こちらも剣一本で戦わせていない。
転送されない事態にあっても内側の人間にできることはなく、直前の試合を話題にするも会話が尽きる。
「遅すぎないか?」
運営側の対応を待つしかないとはいえ、その違和感から情報端末を取り出せば、ミセラの最後の攻撃で回収した分と、賭けの協力金で少しばかり持ち直した数値を見つける。
試合が既に終了した扱いになっている。
だが、ミセラの指摘は違うものだった。
「競札にかかってる。それに期限表示も変。……違う、強制指名。なんで私たちが」
速やかに画面表示を移したが、状況を知る間もなく、画面表示が壊れていないことを示す点滅を確認できた時点で、競札の残りの秒数が尽きる。
戦闘を終えたはずの空間に、新たな対戦相手が出現していた。
着飾った姿、見かけない灰色じみた髪の女性。年齢こそさほど変わらないように思えるが、常人から外れた風貌と直前の出来事に警戒は緩められなかった。その判断は正しかっただろう。
「こんなことができるのは、魔人だけよ」
「魔人は、男じゃないのか」
「コウキ!」
「分かっている」
入札価格として提示された整った数値は速やかに加算されて、自分の保有資産の桁を増やす。底付いただろうミセラの保有資産を補充し、出現させた剣が直前の試合にあった色味を帯びる。
ミセラは試合の開始直後から駆け出していた。
対戦相手の女性がその背後にセラフを出現させる。
周囲の建物に並ぶ、人間の十数倍にもなる大きな暗幕を広げて、骨格のような腕が指先に無数の糸を吊り下げた。その手が開かれると同時に、糸が一斉に宙を跳ねて、ミセラに向かった。
接近は叶わなかった。
ミセラは距離を残して立ち止まると、持ち上げた剣のその刃先を自らに振り下ろす。
試合終了と共に戦闘エリアから離脱させられた先は、試合前にいた場所でもなく、見知らぬ景色が広がった。
光に満ちた庭園、あるいは森に隠された屋敷とでも呼べるだろうか。
風に草木は揺れ、低木の生垣には映色を帯びた蝶が、普段の都市然とした空間ではない一帯を見回していると、芝をついばむ兎と目があう。
「先ほどは、申し訳ありませんでした」
野外に置かれた真白の机には、手入れを繰り返しただろう傷と汚れが刻まれている。
勧められて席に着くと、相手に続いて用意された飲み物に手を付ける。
ロゼと、そう名乗った女性は、最初に損失の補填を提示した。
試合中にミセラに補充した分、加えて元々の持ち分を端数として切り上げたと思しき額面が端末の上に手がかざされただけで振り込まれる。
入札時といい、元々の資産が端数扱いされることに思うことはある。
とはいえ、こうして場を設けて直接伝える時点で礼節は十分に尽くされている。
ミセラを再出現させる場面では、一旦、机から離れたこともあり、自分と同じく、周囲の景色に気を取られる姿を見た。
その後、一緒になって席に戻ろうとしたところで他の人物が現われる。
「――事情については、私の方から説明させてもらえるかな」
おそらく高価だろう生地のスーツを着た男が、テーブルのもとに寄る。
「はじめまして、私は、セオドア=マテアスだ」
その顔は、演説をながめた誰もが知っている。
新たに魔人に加わったことを祝う、ディープセラで現在行われている祭典の主催者そのもの。全員が席につくのを確認して、その人が話題を持ち出す。
「祭典の期間中に、公平性を揺るがすような世評を与えたくなかった」
試合が連続それも強制的に行われた理由は、そこにあるらしい。
戦況、戦闘後の対戦相手の様子が広範に影響を与えかねない。特に祭典中は、国をまたいだ情報交換が盛んになるため、先立っての対処を行ったという経緯だと告げる。
換金性が一部あるとしても、ディープセラ側が宣伝しているのはセラフ同士の戦いであり、主軸を怠るわけにはいかない――と。
「事が起こる前に、そもそも付与される能力を限定したりはできないのでしょうか?」
「そのあたりの疑問は当然だが、私たちは、あくまで調整役であって、システムを自由に改変できるわけではないんだ」
お手上げといった様子で語りかける相手は、そばに寄ってきた兎に、自らの皿に盛られたお菓子を分け与える。
「もちろん権限は及ぶ。……けれど、特定の個人のために特別な生成工程を割り込ませるような設計になっていない。根幹から改変しようとすれば、それが突発的であるほど、利用者から信頼が失われることになる」
今ある制度で対応した結果が強制入札だった、そう説明する。
こちらへの迷惑料込み、認知度も含めて直後のタイミングが最適で、噂が集まりさえすれば疑念も晴れる。最初の試合の観戦者は続く敗戦も目撃したことだろう。
「それに君のセラフが特別無比なわけではない。戦術で補える面はいくらでもある」
実際に負けているため反論の余地はない。
魔人の保有するセラフと比較になるかはともかく、勝利を絶対的に実現するものでないことは証明された。その最初の一戦が、義務試合である一週間後になるか、祭典期間中の出来事に収まるか、で影響の余波が変わってくるらしい。……自分には理解できないが。
「そんな理由で、私としては運営側の責任として謝罪を行いたかった。君たちには一方的な負担を強いてしまった分の補償も考えている」
「分かりました」
「ただ、その話なんだがね。……下手に現金化できる資産を渡すわけにもいかないから。あくまでディープセラの中に限らせてもらうと、もはや楽しみを増やすくらいしかできない」
経済的活用を利用者個人に任せていると嘆く表情は、法的責任を避ける意図だと答える頃には次に切り替わった。
「だから君に、このプライベート空間を譲ろうと思っている。賃貸の形だが利用権は一任する形だ。招待していない相手は入れない。もちろん利用料は不要だよ。君がディープセラを続けてくれるかぎり、利用期間も自動で延長される」
庭に繋がる小ぶりな屋敷も、背景ではなく食料を持ち込めば生活可能な状態で整えられている。さすがに共用の道路ななどで座り込むのは気が引けるとして、休憩場所を探す手間を惜しんで毎回に現実に戻るくらいなら、個人空間を利用したい人もいるだろう。
ただし、この交渉以前に試合中の損失は過分に補填されている。指名時にも強制入札分のノード資産を受け取っているが、それらは勘定に入らないらしい。
とはいえ、相手方の提案を断わる理由もなければ、問いには頷きを返す。
「本題が終わったところで雑談――、と言いたいところだが、おたがい遠い身で共通する話題も難しいだろう。この際、聞きたいことがあれば、何でも質問してくれていい」
「でしたら、お二人がディープセラに入った経緯を聞かせてもらえませんか?」
「それは良い。私は、もっぱら高祖父からの言い伝えなんだがね」
予想外な出来事も起こったが、この日限りの出来事になるなら緊張もゆるむ。
自分の言い訳は父親との再会で片付いた。
自分とミセラの関係も、一般のディープセラの利用者として、ノード資産を順々に減らして、不意かあるいは、試合後の猶予期間に別れを済ませるのだろう。
まるで死の予行演習だ。
愛玩生物を飼うように、セラフの存在も避けられない現実との折り合いを学ぶ機会として、現実の延長上に存在する。他者もその存在を認知していることで、個人の思い込みで完結しない実感を与える。
「……という話さ。向こうも年齢で勧誘を避けていたのかもしれない」
「たしかに、自分より若い人は少ない気がします。融通が利くにしても、拘束時間が長い人や保護年齢といった、利用が難しい人は勧誘されないんですね」
「だろうね。私の話はこれくらいだ。ロゼの方はどうだろうか?」
「私の場合は勧誘されて初めて、ここを知った側ですからね。最初は出歩くことさえ恐る恐るでした。元々自由時間は多かったので滞在が長くなる内に、他の方にも名が広まり、現実で会ったことのない方から親しげに挨拶された時には、身内を驚かせてしまったこともありましたよ」
彼ら魔人は、これまで数百年あるいはこれからも自分より長い年月をディープセラで過ごす。親しげに語る、ありふれた経緯に魔人とその他を区別するものはなく、だが、自分と異なる方針で行動していることは確信できた。




