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両腕を広げる幅もない路地は、人混みと露店が連なる大通りと異なる。入り組んだ建物の壁が相手の姿を見失わせても、逃げ道は一方向に限られた。


簡単な話だ。


自分が足を止めなければ間に合った。

相手は路地を通り抜けるどころか待ち構えてすらいた。


見覚えがある中肉中背の男のスーツ姿、対格差も減った今なら体当たりによる拘束もさほど難しくない、その姿を直視する。


「セラフはどこにいった?」

「今はいない」

「こんなとこで、なにしてんだ」

「仕事のためだ。光輝の方こそ、どうしてここにいる」


元より相手に非はない。

こちらの私怨を警戒する以外に逃げる必要もなければ、自分のような半端な理由でこの世界に踏み込んだという都合の良い解釈もありえない。


冷静に端末を操作すれば、今の空間から逃げ出すことは簡単なのだから。


「どうだっていいだろ。なんで母の法事に来なかったんだ。生活費を送るなら、調べるくらいしてたんだろ?」

「仕事だからだ」


無意味な問答を続ける間に、奥側の道からに父親のセラフが現われる。


「頼りない息子かもしれないが守ってやってくれ。……ヘルメ、C-13だ。扉を開けてくれ」


父親の視線がこちらの横に一度だけ向けられて、保護者じみた定型句を言い残して、それきり今の空間から姿を消す。


それだけで目標は達成された。

あらゆる事情を考慮せず、する必要もないまま。ただ、父親を探すための道具としてディープセラを利用した。自身に与えられたセラフで試合をこなして、ノード資産が尽きるまえに父親と出会えば満足できるはずだった。


結果として得られたのは、現実感を味わえる遊びでしかない空間で、その遊び相手となる存在に語りかける父親の姿だ。


まるでノード資産が尽きるまで平穏に過ごすことが難しいとでもいうように。


使い切るだけなら一日も要らないそれは、けれど翌日になっても実行に移されない。

ディープセラの街中を歩き回ることはなくなったが、余った時間は代わりに観戦所を訪れる。こちらの時間の浪費に疑問を抱かないのは、ミセラにとってこれが日常だからか。


試合の時刻になって顔を合わせた時にも、変わらず試合に勝とうとする表情があった。


自分と相手、双方のセラフだけが存在する戦闘エリアは、これまでの試合でも、建築物の差こそあれ街中という印象から外れない。自分が住んでいる地域にしても、小さく区切れば都会と呼べない箇所も出るはずだが、観戦する中でも自然の景色が広がる光景を見たことはない。

完全な平地で有利になるようなセラフもいるはずだが、あるいは他の国では違った光景があるのか。


結局、変わらない景色にミセラと共に降り立つ。


開始と共に相手のセラフは、頭上の高さまで浮き上がる。楕円体の形状下部から生える小さな多脚に運動器としての側面は少ないのか。相手の人間の倍程度でしかない体躯が地面から大きく離れる様子は飛行能力を思わせた。実際、懸念は正しかった。


相手との距離を詰めるために駆けだしたミセラに、相手セラフは高度を保ったまま応じた。


出現した剣の間合いを通り過ぎて、直後に旋回して突撃を繰り出す。


剣の間合いの内側といえど、至近距離は分が悪い。

ミセラの剣は重心が外側にある。振り切れば重量以上の威力が望めるそれは、反面、取り回しのために勢いを落とせば攻撃性を失う。突進の軌道に合わせら刃が打ち鳴らす音から、勢いに耐えうる相手の硬さが聞こえた。


それでも、攻撃性だけを備える剣と敵本体が触れ合うかぎり、損傷の度合でこちらが勝る。突進を繰り出すごとに、相手には損傷のエフェクトが現れており、このままの調子で進めば、決着はつかずとも修復のために消費されるノードによって判定勝ちが狙える。


減る一方であるノードも、褒賞を足せば喪失は大きく抑えられる。

素人の初戦でさえ観戦の賭けは行われる。対戦者として連戦して知名度を上げるほど、戦力も予想が立つ。有名な者同士の試合ともなれば、自らの鑑定眼を競わせるように、試合の動向に一喜一憂する姿を観戦所で見せていた。


その見込みは、相手がセラフに指示を出したことで失われた。

一瞬、ミセラを丸ごと飲み込むように相手セラフの身体が膨れ上がったように見えた。


それは対戦相手の人間側にも同じく発生していた。半透明な球状のそれが広がると、範囲から抜け出したミセラは全身から損傷エフェクトを生じさせていた。


剣を打ち付ける場合とは比較にならない。


即座に修復が終わる程度だとしても、その被害範囲は全身におよぶ。

ミセラを追い回すように、剣の間合いに入ってまで距離を詰める意図は明確だ。


分からないはずがない。


対戦相手の下にもそれが出現しており、被害を前提に決着を急いだミセラだが、より速度で勝る相手セラフの突進で進路を崩される。

対戦相手は終始、ミセラから距離を取るように逃げる。攻撃を最大限に活かした立ち回りとは言えないが、その状況で相手の目論見が果たされているとすれば話は別だ。


今の状況で人間側が狙われない理由がない。

セラフより運動面も修復性能でも劣る人間を攻撃すれば、早々に勝利を得られる。

それが行われないとすれば、相手の狙いは勝利に限らない。


セラフはノードを消費して能力を使えるが、セラフ自身にノードを稼ぐ方法はない。

人間側からの供給が必須で、人間がノードを通じて間接的にセラフを操る。


対戦相手が能力使用を重ねて命じる。


球形の攻撃範囲が大きさを増して、追いかけてくる相手に、ミセラは抜け出すことすら叶わなくなる。相手の損傷によってわずかに回収されるノードの値だけが抵抗の証明だった。


かつてのように運任せに剣を投げることもない。体勢を整える隙も許されなければ、常に距離を保つ人間相手に攻撃が命中するとも限らない。


ただミセラは、こちらに向けて要求した。


「お願い! 私に全額投じて、……私を信じて」


ミセラの資産が尽きれば、その時点で試合は決着する。


敗北だろうと、それ以上のノード喪失はない。この場で投じなければ余裕を持ったまま次の試合に挑める。本当にノードを守りたければ、痛感を覚悟にミセラが攻撃を浴びるその場に自ら駆けこむこともできたはずだ。


ミセラ自身は、ノードの価値を信じているのだろう。


だが、既に父親を見つけた自分にとって、もはや換金する必要すら感じないものだ。ノード資産の枯渇と寿命を同じくするミセラのために使い切ってしまうことに何の抵抗もなかった。


こんなもののために、懇願も信頼も必要もない。

試される価値すらない。


端数を残した全てをセラフに与えると、その直後には、大きく映っていた相手の姿は見る影もなく失せて、試合の終了が告げられる。


倒れ込むミセラに駆け寄れば、記憶よりわずかに明るさを増した剣が消えていくるのを見つける。相手が罵声を響かせる中、全身の力を解いたミセラの背を支えれば耳元に届いた。


「ごめんなさい。資産ほとんど使っちゃった」

「構わない。それに勝った」


相手の姿も消えて、その内に同じように移動させられる瞬間を待った。



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