6 拒否するレイ
村の空気は完全に凍っていた。
地主シャヒ・コルマ。
神官。
武装した従者たち。
そして遠巻きに様子を見る農奴たち。
全員の視線が、五歳の少年へ集まっている。
「…………」
レイは嫌な予感しかしなかった。
地主の“面白い”という言葉。
あれは良くない。
少なくとも農奴に向ける言葉ではない。
村人たちも理解していた。
珍しいもの。
価値のあるもの。
異常なもの。
そういうものは、地主屋敷へ持っていかれる。
農奴に所有権などない。
「レイ」
地主は静かに言った。
「しばらく屋敷へ来てもらう」
「のだ?」
「安心しろ。悪いようにはしない」
その瞬間。
マリアの顔から血の気が引いた。
「だ、旦那様……!」
彼女は即座に跪いた。
「この子はまだ小さいんです!畑仕事もありますし、妹も……!」
「黙れ」
一言だった。
それだけでマリアは震えて口を閉じた。
農奴に反論の権利はない。
まして地主相手なら尚更だ。
レイはその光景を見ていた。
「…………」
小さな拳がぎゅっと握られる。
すると従者の一人が近づいてきた。
「坊主、来い」
乱暴に腕を掴もうとする。
その瞬間だった。
「のだぁあああああああ!!!!」
レイが絶叫した。
地面が揺れる。
「!?」
村人たちが悲鳴を上げた。
どごごごごっ!!
畑の土が盛り上がる。
石が浮く。
そして。
泥と岩が集まり、人型になった。
「なっ……!?」
神官の目が見開かれる。
土の塊は次々と形を作っていく。
一体。
二体。
三体。
粗雑ではあるが、間違いなくゴーレムだった。
農奴たちが絶叫する。
「魔物だぁ!!」
「ひぃっ!!」
「聖人様ぁ!!」
しかしレイ本人は半泣きだった。
「のだぁあああ!!嫌なのだぁあああ!!」
どごん!!
ゴーレムの一体が地面を踏み砕く。
従者たちが慌てて下がる。
「離せなのだぁああ!!」
レイは完全にパニックになっていた。
「ママの畑仕事のお手伝いしないといけないのだぁああ!!」
その叫びに、一瞬全員が固まった。
「パパがいないから畑仕事がぜんぜん進まないのだぁあああ!!」
叫びながら地団駄を踏む。
その度に土が暴れる。
畑がめくれる。
石垣が崩れる。
「吾輩が水運びもしないといけないのだぁ!!魚も捕らないといけないのだぁ!!」
完全に農奴の子供だった。
貴族の子供ならまず出てこない発想である。
神官が呆然と呟いた。
「……本当に農奴の子なのか……?」
ゴーレムたちはレイを守るように並んでいる。
だが動きは不安定だ。
暴走に近い。
それでも。
五歳児が出していい代物ではなかった。
「旦那様!危険です!」
従者たちが地主を庇う。
しかしシャヒ・コルマは下がらなかった。
むしろ目を細めてレイを見ている。
「…………」
興味。
計算。
そして僅かな高揚。
この世界で魔力は血統だ。
貴族の特権。
その常識を、目の前の農奴の子供がぶち壊している。
「のだぁああ!!」
レイは涙目だった。
「吾輩いなくなったら畑終わらないのだぁ!!」
土ゴーレムが暴れる。
畑の畝がぐしゃぐしゃになる。
マリアは真っ青になった。
「レイ!!やめなさい!!」
「嫌なのだぁ!!」
レイは本気で嫌だった。
貴族屋敷など怖い。
それ以上に。
家族が困る。
徴兵された父親の代わりに、水汲みも魚捕りも薪集めも少しずつやってきた。
小さいながら、レイはすでに労働力だった。
農奴の家では、五歳でも重要な働き手なのである。
「ロイがお腹空かせるのだぁああ!!」
ゴーレムの拳が地面へ落ちる。
どごぉん!!
土煙。
馬が暴れた。
「抑えろ!!」
従者たちが叫ぶ。
しかし誰も近づけない。
神官が杖を構えた。
「旦那様、一度拘束を――」
「待て」
地主が止めた。
シャヒ・コルマはじっとレイを見ていた。
涙。
泥。
鼻水。
そして必死な叫び。
「…………」
演技ではない。
本気だ。
この子供は本当に、畑仕事の心配をしている。
屋敷へ行けば暖かい部屋も食事もあるだろう。
それでも嫌がっている。
理由が、“畑仕事が終わらないから”。
貴族社会では考えられない感覚だった。
「のだぁああ!!」
レイはさらに土を巻き上げる。
すると突然。
ぐらり。
「のだ?」
魔力が乱れた。
ゴーレムの一体が崩れる。
続いて二体目。
五歳児の魔力量では限界だった。
「はぁっ……はぁっ……」
レイは息を切らしていた。
顔が真っ青だ。
神官が低く言った。
「魔力切れです」
レイはふらついた。
しかしなおも叫ぶ。
「嫌なのだぁ……」
小さな声。
「ママとロイ置いていくの嫌なのだぁ……」
静寂。
村人たちも黙っていた。
農奴たちは知っている。
家族が減ることの怖さを。
徴兵。
飢え。
病気。
誰か一人欠けるだけで、生存率が変わる。
「…………」
地主はしばらく黙っていた。
それから、ゆっくり口を開く。
「畑仕事、か」
レイは睨むように見上げた。
「のだぁ……」
シャヒ・コルマはその視線を受け止める。
普通の農奴の子供なら、地主を直視などしない。
だがレイは泣きながら睨んでいた。
家族を守ろうとしている獣みたいだった。
「……今日は連れて行かん」
村人たちがざわつく。
マリアも息を呑んだ。
「旦那様?」
「逃げるわけでもあるまい」
地主はレイを見た。
「だが、お前は定期的に屋敷へ来い」
「のだ?」
「魔力の確認をする」
神官が眉をひそめる。
「旦那様、それでは――」
「構わん」
地主は静かに続けた。
「農奴の子供がなぜ魔力を持つのか。確認する価値はある」
そして。
少しだけ笑った。
「それに、畑仕事が大事らしいからな」
レイは涙目のまま固まっていた。
「…………のだ?」
完全に予想外だったのである。
ゴーレムまで出して暴れたのに。
殴られると思っていた。
牢屋へ入れられると思っていた。
「帰るぞ」
地主は馬車へ戻った。
従者たちは困惑しながら続く。
神官だけが最後までレイを見ていた。
恐れるように。
そして興味を持つように。
馬車が去っていく。
静寂。
「…………」
レイはその場へへたり込んだ。
「のだぁ……」
疲れ切っていた。
マリアが駆け寄る。
「レイ!!」
抱きしめられる。
ロイも泣きながらしがみついてきた。
「にいちゃあああん!!」
「のだぁ……」
レイは泥だらけのままぼんやり空を見た。
助かった。
たぶん。
だが。
「……畑壊しちゃったのだぁ」
自分のゴーレムが畑を荒らしたことに今さら気づいた。
マリアはしばらく固まったあと。
「……あとで皆で直すよ」
疲れ切った声でそう言った。
レイはさらにしょんぼりした。
「のだぁ……」




