41 サモサの呼び出し
春。
雪解けはとっくに終わり、村はまた泥と土の季節へ戻っていた。
そして。
レイは十一歳になっていた。
「のだぁあああ!!」
どごごごごごっ!!
畑が動く。
以前より遥かに広い範囲が、一気に耕される。
「もっと右なのだぁ♡」
大型ゴーレムが丸太を運ぶ。
さらに別のゴーレムが水路を整備していた。
「…………」
村人たちは、もう驚かない。
というより。
完全に生活へ組み込まれていた。
「レイー、水路そっち崩れてるぞー」
「のだっ♡」
普通に会話している。
しかし。
外から来た神官や貴族は、未だに妙な顔をする。
十一歳。
しかも農奴。
なのに。
土魔法の規模が完全におかしい。
「…………」
最近では地主家の騎士ですら、レイへかなり丁寧だった。
怒らせたくないからである。
「のだっ♡」
だがレイ本人は、相変わらず農奴脳だった。
「今年も豊作なのだぁ♡」
そして毎年。
収穫時期になると税で泣く。
学習しない。
「…………」
そんなある日。
「レイ」
「のだ?」
サモサがやってきた。
現在十一歳。
昔よりかなり背が伸び、顔立ちも大人っぽくなっている。
だが今は少し真面目な顔だった。
「あとで来て」
「のだぁ?」
「川のとこ」
「魚なのだぁ?」
「違う」
「じゃあ害獣?」
「違う」
「なんなのだぁ?」
「いいから」
妙に強引だった。
「…………」
レイは首を傾げた。
しかし。
「のだっ♡」
「分かったのだぁ♡」
普通に了承した。
そして夕方。
川辺。
昔、よく遊んでいた場所。
「のだぁ〜」
レイは魚を見ながら歩いてきた。
十一歳になった今でも、川は好きだった。
「サモサぁ?」
「こっち」
川辺の石へ座っている。
妙に静かだった。
「のだ?」
レイも座る。
少し沈黙。
川の音だけが聞こえる。
「…………」
サモサはしばらく黙っていた。
そして。
「もうすぐだね」
「のだ?」
「学園」
「…………」
レイが固まる。
「…………」
少しだけ。
空気が変わった。
「のだぁ……」
レイは視線を逸らした。
最近。
村でもその話が増えている。
あと一年。
十二歳になれば、学園へ行く。
「…………」
レイはその話が好きじゃなかった。
なので。
普段はあまり考えないようにしていた。
「のだぁ……」
石を拾って川へ投げる。
ぽちゃん。
「…………」
サモサはレイを見ていた。
昔よりずっと大きくなった。
でも。
時々、昔のままにも見える。
泥だらけで。
魚を追いかけて。
変な叫び声を上げる。
「…………」
でも。
確実に変わってもいた。
最近のレイは忙しい。
働いて。
村を手伝って。
家族を支えている。
そして。
どんどん“普通の農奴”から離れていく。
「…………」
サモサは小さく聞いた。
「怖くないの?」
「のだ?」
「学園」
「…………」
レイが少し黙る。
「…………」
怖い。
実はかなり。
でも。
レイは少し考えてから言った。
「嫌なのだぁ」
「うん」
「絶対面倒なのだぁ」
「それも分かる」
「貴族いっぱいなのだぁ」
「うん」
「吾輩、絶対浮くのだぁ」
「今も浮いてる」
「のだぁ!?」
レイがショックを受けた。
「そんなぁ!!」
サモサが少し笑う。
久しぶりに。
「…………」
でも。
またすぐ静かになる。
「レイ」
「のだ?」
「いなくなるんだよね」
「…………」
その言葉に。
レイも静かになった。
「…………」
川の音。
冷たい風。
春なのに、少し寒い。
「…………」
レイはぽつりと言った。
「帰ってくるのだぁ」
「…………」
「絶対帰ってくるのだぁ」
かなり真剣だった。
「ママいるし」
「ロイいるし」
「パパもいるのだぁ」
そして。
「畑もあるのだぁ」
最後が完全に農奴だった。
サモサは少し笑った。
「やっぱりそこなんだ」
「大事なのだぁ♡」
レイは真顔だった。
「吾輩、畑好きなのだぁ」
「知ってる」
「魚も好きなのだぁ♡」
「知ってる」
「あと黒パンもなのだぁ♡」
「それも知ってる」
少しだけ。
空気が軽くなる。
「…………」
でも。
サモサはまだ不安だった。
学園。
貴族。
神官。
王侯。
そんな場所へ。
泥だらけのレイが行く。
「…………」
絶対、何か起きる。
それは分かる。
「…………」
すると。
レイが突然言った。
「でも」
「?」
「サモサたちと遊べなくなるのは嫌なのだぁ」
「…………」
サモサが固まる。
レイはかなり真剣だった。
「鬼ごっこ減るのだぁ」
「そこ……?」
「大問題なのだぁ」
本人は本気だった。
「川も来れなくなるのだぁ」
「…………」
レイは少ししょんぼりした。
最近。
忙しすぎて、遊ぶ時間も減っていた。
でも。
それでも。
この村の時間は、レイにとって大事だった。
「…………」
サモサは少しだけ安心した。
レイは変わっていない。
強くなっても。
魔法が増えても。
根っこはまだ。
ここにいる。
「のだぁ〜」
レイは川を見ていた。
「魚いるのだぁ♡」
「真面目な話してたのに」
「魚は大事なのだぁ♡」
やっぱり変だった。
でも。
その変さが、少しだけ安心できた。




