40 父親の恐れ
帰還から数日後。
ドーサは、まだ村の空気へ馴染みきれていなかった。
「…………」
戦場は長かった。
寒さ。
飢え。
死臭。
毎日、人が死んでいた。
生きて帰れただけでも奇跡みたいなものだった。
「…………」
なのに。
故郷へ戻った途端。
もっと意味の分からない状況が待っていた。
「のだぁあああ!!」
どごごごごごっ!!
地面が動く。
巨大な土壁が盛り上がる。
「もっと左なのだぁ♡」
さらに。
土ゴーレムが薪を運んでいる。
「…………」
ドーサは無言だった。
目の前の光景がまだ信じられない。
「…………」
九歳の息子。
自分そっくりの顔。
同じ癖毛。
同じ笑い方。
なのに。
魔法を使っている。
「のだっ♡」
レイ本人は超自然だった。
「パパ!見るのだぁ♡」
どごごごごごっ!!
畑が動く。
「便利なのだぁ♡」
「…………」
便利とかそういう問題ではない。
ドーサは戦場で魔法を見たことがある。
貴族。
騎士。
神官。
そういう人間だけが使う力だった。
農奴にとっては。
ほとんど別の生き物。
「…………」
なのに。
目の前で。
泥だらけの息子が。
農作業感覚で使っている。
「のだぁ♡」
しかも使い方が完全に農奴。
水路。
石拾い。
薪割り。
「…………」
ドーサは混乱していた。
本当に。
「…………」
しかも。
村には神官がいる。
監視だ。
それも分かる。
こんな存在、放置されるわけがない。
「…………」
神官は今も遠くからレイを見ていた。
記録を取り。
魔法を観察し。
完全に、
“ただの農奴”
としては扱っていない。
「…………」
ドーサは、夜になると頭を抱えていた。
「どうしたんだい」
マリアが小声で聞く。
「…………」
ドーサはしばらく黙った。
それから。
「……本当に俺の子なんだな」
「何言ってるんだい」
マリアは呆れた。
「顔見れば分かるだろ」
「いや……」
ドーサは複雑そうだった。
「そういう意味じゃなくてな……」
分かっている。
レイは間違いなく自分の息子だ。
笑い方も。
怒り方も。
妙なところまで似ている。
「のだぁ!!」
外で転んでる声までそっくりだった。
「…………」
でも。
魔法だけが異常だった。
「…………」
そして。
ドーサが一番混乱しているのは、そこではない。
「…………」
「学園ってなんだ」
ぽつりと言う。
「…………」
マリアが静かになる。
「十二歳で行かされる」
「…………」
ドーサは深く息を吐いた。
神官から聞いた。
魔法持ちは強制入学。
王侯貴族。
上級神官。
大商人。
そういう家の子供が行く場所。
「…………」
農奴の子供が行く場所じゃない。
絶対に。
「…………」
ドーサは戦場で貴族を見てきた。
だから分かる。
貴族は基本的に農奴を人間扱いしない。
まして。
農奴の子供が、自分たちと同じ魔法を持っている。
「…………」
虐められない理由を探す方が難しい。
「…………」
ドーサは頭を抱えた。
「なんであいつなんだ……」
「…………」
マリアも答えられない。
本当に。
どうしてこうなったのか。
「のだっ♡」
すると。
扉が勢いよく開いた。
「パパぁ♡」
レイだった。
泥だらけ。
しかも笑顔。
「見てたのだぁ!?」
「……ああ」
「今の超便利だったのだぁ♡」
どごごごごごっ!!
小型ゴーレム出現。
「薪運び部隊なのだぁ♡」
「…………」
ドーサは息子を見た。
細い。
まだ小さい。
なのに。
もう家を支えていた。
「…………」
レイは本当に働いていた。
村中が言っている。
水路。
畑。
薪。
全部。
「…………」
だから余計につらかった。
こんな農奴の子供みたいな子が。
あと数年で。
貴族だらけの学園へ放り込まれる。
「…………」
ドーサは低く聞いた。
「レイ」
「のだ?」
「お前、学園行きたいのか」
「のだぁ?」
レイは首を傾げた。
それから。
「別に行きたくないのだぁ♡」
即答。
「…………」
ドーサの胸が痛くなる。
「でも行かないと駄目なのだぁ」
レイはそこも理解していた。
「神官怒るのだぁ」
「…………」
「あと魔法教えるらしいのだぁ♡」
「…………」
レイは少し考える。
「でも吾輩、畑の方が好きなのだぁ」
ぽつり。
それが。
妙にドーサの胸へ刺さった。
「…………」
この子は。
本当に農奴の子供なのだ。
豪華な暮らしを夢見ているわけでもない。
権力が欲しいわけでもない。
ただ。
家族が食べれて。
畑が育って。
魚が捕れれば嬉しい。
「…………」
ドーサはレイの頭へ手を置いた。
ごつごつした手。
「…………」
怖かった。
戦場より。
今の方が。
ずっと。




