39 父親
冬。
空は灰色だった。
雪が静かに降っている。
畑は完全に白く埋まり、村はまた長い冬へ閉じ込められていた。
「…………」
戦争終結の知らせから、数ヶ月。
最初は村中が浮き足立っていた。
だが。
現実はゆっくりだった。
帰ってくる者。
帰らない者。
消息不明のままの者。
色々いる。
「…………」
最初の頃は、馬の音がするたびに皆外へ飛び出していた。
でも。
数ヶ月も経つと。
期待は少しずつ静かになっていく。
「…………」
マリアも、最近はあまり口にしなくなっていた。
レイの前では特に。
希望を持ちすぎるのが怖いからだ。
「…………」
そして。
レイもまた、以前ほど騒がなくなっていた。
現在九歳。
以前よりさらに背が伸びている。
魔力も強い。
畑仕事も完全に大人並み。
でも。
時々だけ。
ふっと静かになる。
「…………」
今日もそうだった。
夕方。
レイは小屋の外で雪を見ていた。
珍しく静かに。
「……パパぁ……」
小さな声。
「のだぁ……」
その横では、七歳になったロイも毛布へくるまっていた。
「…………」
二人とも。
待っていた。
ずっと。
でも。
少しずつ、不安も増えていた。
「…………」
その時だった。
遠くから。
ぎし、ぎし。
雪を踏む音がした。
「…………」
レイが顔を上げる。
ロイも見る。
雪の向こう。
人影。
大きい。
痩せている。
ぼろぼろの外套。
「…………」
レイが固まる。
「…………」
人影はゆっくり歩いてきた。
足取りは重い。
でも。
止まらない。
「…………」
マリアが小屋から出てきた。
そして。
止まる。
「…………」
誰も喋らない。
風の音だけ。
「…………」
男が、ゆっくり顔を上げた。
痩せていた。
本当に。
頬がこけ。
髭も伸び。
服もぼろぼろ。
でも。
目だけは。
確かに同じだった。
「…………」
マリアの手から桶が落ちた。
がこん。
「…………」
男の唇が震える。
「……マリア」
「…………」
次の瞬間。
マリアが走った。
「っ!!」
雪を蹴る。
そして。
ぎゅううううっ!!
男へ抱きついた。
「…………」
男も、震える腕で抱き返す。
しばらく。
本当にしばらく。
誰も喋らなかった。
「…………」
レイは固まっていた。
本当に。
動けなかった。
「…………」
父親。
帰ってきた。
本当に。
「…………」
すると。
男が、ゆっくりレイを見る。
「…………」
少し目を見開く。
最後に見た時より、かなり大きくなっていた。
しかも。
妙に泥だらけ。
「……レイ?」
「…………」
レイの顔がぐしゃっとなる。
「パパぁあああああああああ!!!!」
絶叫。
次の瞬間。
全力疾走。
雪を蹴って飛び込む。
「のだぁあああああ!!!!」
どーん!!
父親へ突撃。
「ぐっ!?」
痩せた父親がよろける。
「パパなのだぁあああああ!!」
レイはもう大泣きだった。
ぼろぼろ。
本当に。
「うぇえええええん!!」
九歳なのに。
今だけは完全に子供だった。
「帰ってきたのだぁあああ!!」
「……ああ」
父親の声も震えていた。
「帰ってきた……」
ロイも泣きながら抱きつく。
「パパぁ……!」
「ロイも……大きくなったな……」
男の腕が震える。
痩せていた。
本当に。
骨ばっている。
戦争が長かったことが分かる。
「…………」
でも。
大きな怪我はなかった。
手もある。
脚もある。
生きて帰ってきた。
「…………」
マリアは泣いていた。
静かに。
何度も何度も、夫の顔を触る。
本当にいるか確認するみたいに。
「…………」
父親も、しばらく言葉が出なかった。
家族を見て。
小屋を見て。
畑を見て。
「…………」
そして。
視線が止まる。
村外れの巨大な水路。
広がった畑。
薪置き場。
「…………」
「……なんだこれ」
父親がぽつりと言った。
「のだぁ!!」
レイが即反応する。
涙だらけのまま。
「吾輩がやったのだぁ!!」
「…………」
父親が固まる。
「水路もなのだぁ!!」
「ゴーレムもなのだぁ!!」
「畑も増やしたのだぁ!!」
レイは泣きながら必死に説明する。
「吾輩、超働いたのだぁ!!」
「…………」
父親は、しばらく何も言えなかった。
最後に見た時。
レイはまだ小さかった。
泥遊びして。
魚追いかけて。
そんな子供だった。
なのに。
「…………」
今は。
家を支えていた。
「…………」
父親はゆっくりレイの頭を撫でた。
ごつごつした、大きな手で。
「……頑張ったな」
「のだぁあああああ!!!!」
その瞬間。
レイがまた泣き始めた。
嬉しくて。
安心して。
今まで我慢していたものが全部出たみたいに。
「うぇえええええん!!」
雪の降る村で。
小さな家族は、しばらく抱き合ったままだった。




