38 終戦
春。
空気はまだ冷たいが、雪はほとんど消えていた。
畑には泥が戻り、農奴たちはまた忙しくなり始めている。
そして。
その日。
昼頃。
村へ馬が走ってきた。
「…………」
皆、手を止めた。
農奴たちは敏感だ。
急いで来る馬。
役人。
神殿関係。
大体ろくな話じゃない。
「また徴兵か……?」
「税か?」
「まさか飢饉か……」
空気が重くなる。
すると。
馬から降りた伝令が、大声で叫んだ。
「戦が終わったぞ!!」
静寂。
「…………」
誰もすぐには反応できなかった。
「停戦が成立した!!」
伝令がさらに叫ぶ。
「王都から正式通達だ!!」
「…………」
また静寂。
そして。
「……終わった?」
誰かが呟く。
「本当に?」
「徴兵は?」
「帰還は?」
村人たちがざわつく。
伝令は頷いた。
「順次帰還が始まる!!」
「…………」
その瞬間。
村の空気が変わった。
「うおおおお!!」
「終わったぞ!!」
「生きてりゃ帰ってくる!!」
農奴たちが叫ぶ。
泣き始める女もいる。
座り込む老人もいる。
「…………」
マリアは動けなかった。
手から桶が落ちる。
がこん。
「…………」
本当に?
本当に終わった?
頭が追いつかない。
「ママぁあああああ!!!!」
次の瞬間。
レイが突っ込んできた。
「戦争終わったのだぁあああああ!!!!」
どーん!!
勢い余ってマリアへ抱きつく。
「レイ!?」
「のだぁあああ!!」
完全に大興奮だった。
目がきらきらしている。
「終わったのだぁ!!」
「まだ帰ってくるとは……」
「帰ってくるのだぁ!!」
レイはもう確信していた。
八歳児らしい勢いで。
「パパ帰ってくるのだぁ!!」
「…………」
マリアの目に涙が浮かぶ。
まだ分からない。
本当に生きているかなんて。
でも。
希望を持ってしまう。
「のだぁあああああ!!!!」
その頃。
村の子供たちはもう暴走していた。
「終わったぞ!!」
「戦争終わった!!」
「父ちゃん帰ってくる!!」
「のだぁあああ!!」
レイも混ざる。
完全に語彙が死んでいた。
「のだぁ!!のだぁ!!」
「レイ喋れてないぞ!!」
「のだぁああ!!」
嬉しすぎて駄目だった。
子供たちは広場を走り回る。
泥だらけで。
叫びながら。
誰も止めない。
今日はもうそういう日だった。
「パパ帰ってくるのだぁ!!」
レイは本当に嬉しそうだった。
ずっと待っていた。
ずっと。
「のだぁ!!」
レイは勢いよく地面を叩いた。
どごごごごごっ!!
土が盛り上がる。
「うわっ!?」
子供たちがびっくりする。
「お祝いなのだぁ!!」
すると。
大量の小型ゴーレムが出現した。
しかも。
全員、花を持っている。
「…………」
一瞬静寂。
「なんだこれ!?」
「お祝いなのだぁ♡」
レイは超ご機嫌だった。
ゴーレムたちがよろよろ歩く。
そして。
どさっ。
何体か転んだ。
「ぎゃははは!!」
子供たちが爆笑する。
レイも笑う。
「のだぁ♡」
今日は何もかも楽しかった。
風も。
泥も。
空も。
全部。
「パパ帰ってくるのだぁ……」
レイは空を見上げた。
顔が少し赤い。
泣きそうなのを我慢している。
「…………」
サモサがその横へ来た。
「良かったね」
「のだっ♡」
レイは何度も頷く。
「うむ♡」
それから。
少し真面目な顔になる。
「吾輩、いっぱい見せるのだぁ」
「何を?」
「畑なのだぁ♡」
「やっぱりそこなんだ」
「水路もなのだぁ♡」
完全に農奴だった。
「ゴーレムも見せるのだぁ♡」
「怒られそう」
「なんでなのだぁ!?」
本気で不思議そう。
すると。
ロイが全力で走ってきた。
「にいちゃん!!」
「のだぁ!!」
「パパ帰ってくるかな!?」
「帰ってくるのだぁ♡」
レイは即答した。
根拠はない。
でも。
今日はそう言いたかった。
「のだぁああああ!!」
レイはまた叫びながら走り出した。
子供たちも追いかける。
笑い声が響く。
大人たちも少し笑っている。
何年ぶりだろう。
村全体が、こんな空気になったのは。
「のだぁぁぁぁ!!」
レイは今日一日、ずっと叫んでいた。
そして夜。
秘密の木片へ、震える字でこう書いた。
『本日のレイ、人生最高の日』
『パパ帰ってくるかもしれない』
『超嬉しい』
『のだぁ』
最後だけ。
文字ですら語彙が消えていた。




