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貴族しか魔法を使えない世界で、農奴の俺だけ土魔法が使えたので畑を耕していたら魔法学園へ強制入学させられることになった  作者: 雪だるま
第一章

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4 妹の不安

 その夜のマカロン家は妙に静かだった。


 いつもなら、夕食時には妹の笑い声や、母親のため息や、レイの意味不明な独り言が混ざっている。


 だが今日は違った。


 竈の火がぱちぱち鳴る音だけが小屋に響いていた。


「…………」


 黒パン。

 薄い芋のスープ。

 そしてレイが捕まえた小魚。


 本来なら少し嬉しい夕食のはずだった。


 しかし誰もまともに食べていない。


 マリアはずっと考え込んでいた。


 地主屋敷へ報告される。

 その意味を、彼女は嫌というほど理解している。


 この国では魔力持ちは特別だ。


 特に強い魔力を持つ者は、幼い頃から貴族家へ囲われることがある。


 農奴の子供が魔力を持つなど、本来ありえない。


 だからこそ危険だった。


 “なぜそんなことが起きたのか”。


 その答えを貴族たちは欲しがる。


「…………」


 レイは小魚の骨を齧りながら黙っていた。


 前世なら、こういう時は先に逃亡準備をしていた。


 信用できる使用人。

 隠し金庫。

 偽名。

 逃走経路。


 だが今は五歳児である。


 しかも農奴。


 逃げる馬も金もない。


「のだぁ……」


 妙に胃が重い。


 その時だった。


 くいっ。


 服の裾を引っ張られる。


 見ると、妹のロイがいた。


 三歳。


 痩せた小さな女の子だった。


 ぼさぼさの薄茶色の髪。

 継ぎ接ぎだらけの服。

 大きな瞳。


 だが今、その瞳は怯えきっていた。


「……ロイ?」


 返事がない。


 ただ、震えている。


「のだぁ?」


 レイは首を傾げた。


 ロイは普段から大人しいが、今日は明らかに様子がおかしい。


 レイが近づくと、ロイはぎゅっと服を掴んだ。


「…………いかないで」


 小さな声。


「のだ?」


「にいちゃん……いなくならないで……」


 レイは少し固まった。


 マリアも顔を伏せる。


 半年前。


 村から男たちが徴兵された。


 ロイの父親――つまりレイの父親も、その中にいた。


 冬の終わりだった。


 雪の中を歩いていく父親の背中を、ロイはずっと覚えている。


「すぐ帰る」


 父親はそう言った。


 だが帰ってこない。


 手紙もない。


 噂では、南で戦争が激化しているらしい。


 帰ってこない男は珍しくなかった。


 そして今日。


 地主屋敷の管理人が来た。

 兄が変な力を使った。

 大人たちが怯えた。


 三歳の子供でも分かる。


 また誰かがいなくなる。


「にいちゃんも……とられるの……?」


 ロイの声は震えていた。


「おとうみたいに……?」


 レイは言葉に詰まった。


「…………」


 前世のレイなら、こういう感情は理解できなかった。


 使用人が消える。

 愛人が死ぬ。

 兄弟が毒殺される。


 それが当たり前の世界だった。


 だが今。


 小さな妹が震えている。


 自分がいなくなるかもしれないと怯えている。


「…………」


 胸の奥が妙にざわついた。


「のだぁ」


 レイは困ったように頭を掻いた。


「吾輩、まだどこにも行かないのだぁ」


 ロイはじっと見上げる。


「ほんと……?」


「ほんとなのだぁ」


 レイは妙にふんぞり返った。


「だいたい吾輩はそんな簡単に捕まらないのだっ♡」


 前世基準で言うなら、今の状況はまだかなりマシである。


 少なくとも毒入りワインは飛んでこない。


「吾輩は逃げるの得意なのだぁ♡」


「…………」


「あと土も出せるのだっ♡」


 どや顔。


 その瞬間。


 マリアが青ざめた。


「レイ!!声を小さく!!」


「のだぁ!?」


 慌てて口を塞がれる。


 小屋の外には誰がいるか分からない。


 村では噂は一瞬で広がる。


 ロイはそんな二人を見て、少しだけ笑った。


 ほんの少しだけ。


 だがすぐまた不安そうな顔になる。


「……でも、おとうも……すぐ帰るって……」


 その言葉に空気が止まった。


 マリアの肩が揺れる。


 彼女もずっと不安なのだ。


 夫が死んだのか、生きているのかも分からない。


 農奴の女にとって、夫を失うというのは生活の崩壊に近い。


「…………」


 レイは黙った。


 そして少し考えたあと。


「のだぁ」


 ロイの隣へ移動した。


 それから、小さな妹をぎゅうっと抱きしめる。


「にいちゃん?」


「寒いのだぁ」


 嘘だった。


 だがロイも何も言わなかった。


 小さな体が震えている。


 細い。

 軽い。

 ちゃんと食べられていない子供の体だった。


 レイはぼんやり思う。


 前世なら、こういう子供は屋敷の隅にも大量にいた。


 使用人の子供。

 孤児。

 下働き。


 名前すら覚えていなかった。


 だが今は違う。


「のだぁ……」


 ロイはぎゅっとレイへしがみついた。


「……にいちゃん、どこにもいかない?」


「のだっ♡」


 レイは妙に偉そうに胸を張った。


「吾輩はしぶといのだぁ♡」


 前世で毒殺されても転生した。


 その辺の人間よりよほどしぶとい。


「だから安心するのだっ♡」


「……うん」


 ロイは小さく頷いた。


 そのまま眠そうに目を擦る。


 疲れていたのだ。


 不安で。

 怖くて。

 泣き疲れて。


 レイは妹を抱えたまま藁の寝床へ移動した。


 ロイはすぐ眠った。


 小さな寝息。


「…………」


 暗い天井を見上げる。


 外では風が鳴っていた。


 そしてレイは理解していた。


 今日から、自分たちはもう普通の農奴家族ではない。


 地主が来る。

 貴族が来るかもしれない。

 最悪、家族ごと引き裂かれる。


「のだぁ……」


 だが。


 胸にしがみついて眠る妹の温もりだけは、前世にはなかったものだった。


 それが少しだけ。


 レイを苛立たせた。


「……面倒なのだぁ」


 もし本当に誰かが家族を奪おうとするなら。


 今度は。


 前世みたいに、黙って奪われるつもりはなかった。

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