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夕方。
空は薄紫色だった。
畑仕事を終えた農奴たちが、少しずつ家へ戻っていく。
その中を。
「のだっ♡のだっ♡」
レイが超上機嫌で帰ってきた。
しかも今日は異常に速い。
普段なら途中で、
「魚いないかなのだぁ♡」
とかやるのに。
今日は一直線だった。
「ママぁああ!!ロイぃいい!!」
小屋の扉が勢いよく開く。
ばんっ!!
「帰ったのだぁ♡」
「うわっ!?」
ロイが飛び上がる。
「にいちゃん!?」
すると。
レイは超得意げに包みを掲げた。
「見るのだぁ♡」
「?」
ロイが首を傾げる。
マリアも手を止めた。
「どうしたんだい」
「褒美なのだぁ♡」
レイは誇らしげだった。
「吾輩、本日も完璧に敗北したのだぁ♡」
「また変なことしてきたんだね……」
マリアはもう慣れていた。
すると。
レイは布を広げた。
「のだっ♡」
「…………」
小屋の空気が止まる。
綺麗だった。
本当に。
農奴の家にはまず存在しない布。
柔らかい。
発色が良い。
しかも分厚い。
「…………」
ロイの目が丸くなる。
「き、きれい……」
「のだっ♡」
レイは超満足げだった。
「褒美なのだぁ♡」
「これ、貰ったの!?」
「うむ♡」
レイは胸を張った。
「吾輩、超面白かったらしいのだぁ♡」
方向性がよく分からない。
しかし。
ロイはもうそんなこと気にしていなかった。
「うわぁ……」
そっと触る。
柔らかい。
自分たちの服と全然違う。
「…………」
次の瞬間。
「わぁあああ!!」
ロイが飛び上がった。
「すごい!!」
きゃっきゃ跳ね回る。
「ほんものの貴族の布だ!!」
「のだっ♡」
レイも一緒にはしゃぐ。
「高級なのだぁ♡」
「すごい!!」
「マフラー作れるのだぁ♡」
「帽子も!!」
「服もなのだぁ♡」
兄妹が大騒ぎし始める。
完全に祭り状態だった。
「…………」
マリアは、そんな二人を見ながら静かに布へ触れた。
柔らかい。
良い布だ。
本当に。
「…………」
そして。
胸が少し痛くなった。
「…………」
この布は。
明らかに“向こう側”のものだった。
貴族。
神殿。
学園。
レイが最近関わり始めた世界。
「…………」
昔ならありえなかった。
農奴の子供が。
貴族令嬢から褒美を貰うなんて。
「のだぁ♡」
レイはまだはしゃいでいる。
「ロイ!触るのだぁ♡」
「ふわふわ!!」
「吾輩も触るのだぁ♡」
「にいちゃんのだよ!」
「家族のなのだぁ♡」
その言葉に。
マリアの胸がまた少し苦しくなる。
「…………」
レイは変わっていく。
どんどん。
魔力も。
立場も。
周囲の扱いも。
本人は相変わらず泥だらけなのに。
少しずつ。
確実に。
この小さな村から遠ざかっている。
「…………」
マリアは布を見つめた。
こんな高級な布。
自分は触ったことすらほとんどない。
なのに。
それを息子が持ち帰ってきた。
「…………」
怖かった。
嬉しいのに。
怖い。
「ママぁ♡」
レイが笑顔で近づいてきた。
「マフラー作るのだぁ♡」
「…………」
マリアは慌てて笑った。
「そうだねぇ」
「ロイのも作るのだぁ♡」
「ほんと!?」
「うむ♡」
レイは本気で嬉しそうだった。
完全に、
“家族へ良い物を持って帰れた”
顔である。
「のだっ♡」
ロイはもう大興奮だった。
「にいちゃんすごい!!」
「うむ♡」
レイはどや顔。
「吾輩、超接待上手だからなぁ♡」
「意味分かんない!」
ロイが笑う。
レイも笑う。
小屋の中が明るくなる。
「…………」
マリアも笑った。
でも。
笑いながら。
少しだけ思ってしまう。
「…………」
いつまで。
この子はここにいるんだろう。
あと何年。
こうやって。
泥だらけで笑っていてくれるんだろう。
「のだっ♡」
レイは布を抱きしめていた。
「宝物なのだぁ♡」
その姿は、まだ完全に子供だった。
でも。
その手へ握られている物だけが。
少しずつ変わっていく未来を、静かに示していた。




