34 綺麗な布
春の終わり。
村には柔らかい風が吹いていた。
畑もかなり育っている。
そして今日も。
地主家の馬車が村へ来ていた。
「また接待試合か……」
「最近ほんと人気だな」
「レイの変な負け方見に来てるだろもう」
農奴たちは半分呆れていた。
最初は緊張していたのに。
今ではもう、
“今日はどんな転び方するんだ”
くらいの空気になっている。
「のだっ♡」
一方レイは。
今日もやる気満々だった。
現在八歳。
背は伸びた。
魔力も強い。
しかし。
芸風だけは進化し続けていた。
「本日は特別公演なのだぁ♡」
「なんですのそれ……」
対戦相手の貴族令嬢がもう笑いを堪えている。
最近のレイは、戦う前から変だった。
「のだっ♡」
今日の相手は、薄青色のドレスを着た令嬢だった。
年齢は十一歳くらい。
かなり育ちが良さそう。
しかし。
最近この村へ来る貴族子女たちは、皆ちょっとおかしくなっている。
理由はもちろん。
レイである。
「始め!」
騎士が声を上げる。
そして。
令嬢が小さな氷魔法を放った。
ぱきっ。
地面が少し凍る。
本当に軽い牽制。
普通なら避けられる。
しかし。
「のだぁあああああああ!!!!」
レイが自分から滑りに行った。
ずざざざざざっ!!
超高速で転ぶ。
「ぐわぁあああ!!」
さらに。
どぼぉん!!
なぜか水桶へ突っ込む。
「…………」
静寂。
令嬢の肩が震える。
「の、のだぁ……」
レイは水桶から顔だけ出した。
「氷の罠なのだぁ……」
「違いますわよね!?」
後ろの子女たちが吹き出す。
「また自分から行きましたわ!」
「今回かなり速かったですわよ!」
「のだぁぁ……」
レイはぷるぷる震えながら立ち上がった。
全身びしょ濡れ。
「吾輩、もう駄目なのだぁ……」
しかし。
次の瞬間。
ゴーレムたちが突然整列した。
「…………?」
皆が困惑する。
すると。
ゴーレムたちが一斉に敬礼。
そして。
どさっ!!
全員同時に倒れた。
「…………」
一瞬静寂。
「ぶふっ!!」
令嬢が耐えきれず吹き出した。
「な、なんですのそれ……!」
「殉職なのだぁ……」
レイは真顔だった。
完全に意味不明。
しかし。
面白すぎる。
「くっ……ふふっ……!」
令嬢はもう笑いを止められなかった。
周囲の子女たちも涙目で笑っている。
「今日一番ですわ!」
「殉職ですって!」
「のだぁ……」
レイ本人はかなり満足げだった。
今日は出来が良い。
「完璧な敗北なのだぁ♡」
「敗北ってなんですの……」
令嬢はもうお腹を抱えていた。
「…………」
騎士たちは遠い目をしている。
本来の目的を完全に見失っていた。
そして。
試合後。
「のだっ♡」
レイはいつも通り、泥だらけのまま土下座していた。
「素晴らしい強さでしたのだぁ♡」
棒読みである。
しかし。
令嬢は妙に機嫌が良かった。
「…………」
しばらくレイを見る。
泥。
継ぎ接ぎの服。
裸足。
でも。
さっきまで死ぬほど笑わせてきた。
「ふふっ……」
令嬢は少し考えて。
従者へ何かを耳打ちした。
「?」
レイが首を傾げる。
すると。
従者が、小さな包みを持ってきた。
「これを」
「のだ?」
レイは受け取る。
開く。
「…………」
綺麗な布だった。
柔らかい。
色も綺麗。
しかもかなり丈夫そう。
「…………」
レイが固まる。
「本日はとても楽しませていただきましたわ」
令嬢は笑っていた。
「褒美です」
「…………」
レイ、数秒停止。
そして。
「のだぁあああああああああ!!!!」
絶叫。
農奴たちがびくっとする。
「綺麗な布なのだぁあああ!!」
目が完全に輝いていた。
農奴にとって布は超貴重品である。
しかもこれはかなり質が良い。
「ほ、本当に貰っていいのだぁ!?」
「ええ」
「のだぁぁぁ!!」
レイは感動していた。
令嬢がちょっと笑う。
「そんなに喜ぶとは思いませんでしたわ」
「当然なのだぁ!!」
レイは本気だった。
「超高級なのだぁ!!」
その辺の農奴服数着分レベルである。
「のだぁああ!!」
レイは勢いよく土下座した。
「ありがとうございますのだぁあああ!!」
しかも。
そのまま地面へ頭を擦り付ける。
完全に農奴仕草だった。
「…………」
令嬢が少し困った顔になる。
でも。
なぜか嫌な気はしなかった。
「のだっ♡」
そして。
帰り道。
レイはスキップしていた。
完全に。
「のだっ♡のだっ♡」
ぴょんぴょん跳ねる。
布を抱きしめながら。
「こんな綺麗な布貰っちゃったのだっ♡」
超ご機嫌。
「ママとロイが喜ぶのだっ♡」
そればかり言っている。
「…………」
後ろで見ていたサモサは少し笑った。
「ほんと単純」
「のだっ♡」
レイは全然否定しない。
「マフラー作れるのだぁ♡」
「服も作れるかもね」
「のだぁああ!!」
さらにテンション上昇。
「夢が広がるのだぁ♡」
完全に農奴の感動だった。
金貨でも。
宝石でもない。
綺麗な布。
それだけで。
八歳のレイには、世界が変わるくらい嬉しかったのである。




