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貴族しか魔法を使えない世界で、農奴の俺だけ土魔法が使えたので畑を耕していたら魔法学園へ強制入学させられることになった  作者: 雪だるま
第一章

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32 みんなの期待

 翌日。


 村の空気は、明らかに違っていた。


 まだ正式な知らせではない。


 戦争が本当に終わるかも分からない。


 でも。


 “終わりそうだ”


 その噂だけで、人間は変わる。


「本当に帰ってくるかな……」

「兄貴生きてるかな」

「徴兵終わるなら助かる……」


 農奴たちは、落ち着かない様子で話していた。


 期待しすぎないようにしながら。


 それでも。


 期待してしまう。


「…………」


 そして。


 今日のレイは。


 かなりおかしかった。


「のだぁ!!」


 朝からテンションが異常だった。


 まず。


 畑へ行かなかった。


「…………」


 農奴たちがざわつく。


「レイが働いてない……」

「熱か?」

「いや昨日泣いてたしな……」


 そう。


 レイは本当に珍しく、仕事をしていなかった。


 水路も見ない。

 薪も割らない。

 ゴーレムも出さない。


 代わりに。


「のだぁあああ!!」


 村の広場を全力疾走していた。


「戦争終わるのだぁあああ!!」


 子供たちが追いかける。


「ほんとかな!?」

「うちの兄ちゃん帰ってくるかな!」

「親父帰ってきたら酒飲むって言ってた!」


「のだぁ!!のだぁ!!」


 レイはもう語彙が消えていた。


 嬉しすぎるのである。


 元々そこまで豊富でもない語彙が、完全に崩壊していた。


「のだぁぁぁ!!」


 意味もなくジャンプ。


 雪解けの泥へ突っ込む。


「うわっ!!」


 子供たちが笑う。


 レイも笑う。


「のだぁ♡」


 完全に浮かれていた。


「パパ帰ってくるのだぁ♡」


 その言葉を、何度も何度も繰り返す。


 サモサが少し笑った。


「昨日めちゃくちゃ泣いてたのに」


「のだぁ!!」


 レイは即反応した。


「泣いてないのだぁ!!」


「泣いてた」


「泣いてないのだぁ!!」


 しかし目が少し赤い。


 完全にバレている。


「のだぁ〜♡」


 それでもレイは超機嫌が良かった。


 普段なら、

“畑が!”

“害獣が!”

 と騒いでいる時間なのに。


 今日は全然違う。


「遊ぶのだぁ!!」


「おおー!!」


 子供たちが歓声を上げる。


 最近のレイは忙しすぎた。


 だから。


 こうやって普通に遊ぶのはかなり久しぶりだった。


「鬼ごっこなのだぁ!!」


 全員が走り出す。


 泥だらけ。

 雪解け水まみれ。


 農奴の子供らしい遊びだった。


「待てぇ!!」

「レイ速い!!」


「のだぁあああ!!」


 レイは大笑いしていた。


 最近はずっと、

“未来”

 を考えていた。


 学園。

 家族。

 働くこと。


 でも今日は違う。


 頭の中が全部、

“パパ帰ってくるかも”

 になっていた。


「のだぁ♡」


 レイは走りながら、空を見た。


 灰色の空。


 冷たい風。


 でも今日は妙に明るく見える。


「…………」


 すると。


 ロイが後ろから抱きついてきた。


「にいちゃん!」


「のだぁ!?」


「パパ帰ってきたらどうする!?」


「のだっ♡」


 レイの顔が輝く。


「いっぱい見せるのだぁ♡」


「なにを?」


「畑なのだぁ♡」


 完全に農奴だった。


「水路もなのだぁ♡」


「うん!」


「薪置き場もなのだぁ♡」


 ロイがきゃっきゃ笑う。


「パパびっくりするかな!」


「絶対するのだぁ♡」


 レイは本気で嬉しそうだった。


「吾輩、超働いたのだぁ♡」


 それを父親へ見せたかった。


 ずっと。


「…………」


 少し離れた場所で、マリアはその様子を見ていた。


 レイは久しぶりに、年相応だった。


 泥だらけで。

 叫んで。

 笑っている。


「のだぁ!!」


 しかも本当に語彙が減っていた。


「レイ、今日ちゃんと喋れてないよ」


 サモサが呆れる。


「のだぁ!!」


「それしか言ってない」


「のだぁ♡」


 レイ本人は全く気にしていなかった。


 すると。


 ナンが突然聞いた。


「でもさ」


「のだ?」


「もし帰ってきたら、また徴兵されねぇかな」


「…………」


 一瞬、空気が止まる。


 農奴の子供たちは、そういう現実を知っている。


「…………」


 レイも少し黙った。


 でも。


 数秒後。


「帰ってきてから考えるのだぁ!!」


 叫んだ。


「今は喜ぶのだぁ!!」


「…………」


 子供たちが少し笑う。


「そうだな」

「うん」


「のだっ♡」


 レイはまた走り出した。


「今日はお祭りなのだぁ♡」


「なにも始まってないぞ!」


「気分なのだぁ♡」


 完全に勢いだった。


 しかし。


 村の空気も少し似ていた。


 まだ何も決まっていない。


 でも。


 ほんの少しだけ。


 希望みたいなものが、皆の中へ戻ってきていた。


「のだぁあああ!!」


 レイは今日一日、ほとんど働かなかった。


 代わりに。


 ずっと笑っていた。


 父親が帰ってくるかもしれない。


 ただそれだけで。


 八歳の農奴の子供には、世界が変わるくらい嬉しかったのである。

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