30 神官への感謝
春の終わり頃。
村の畑は以前よりかなり整っていた。
石が減り。
水路が通り。
土も柔らかい。
農奴たちですら実感している。
「最近、麦の育ち違うな……」
「レイの土いじりのせいだろ」
「もうあいつ半分畑の精霊だろ……」
そんなことを言われ始めていた。
「のだっ♡」
当のレイは超ご機嫌だった。
現在八歳。
泥だらけ。
そして今日も畑を掘り返している。
「休ませるのだぁ♡」
どごごごごごっ!!
畑の一部をひっくり返す。
すると近くで見ていた農奴が首を傾げた。
「そこ撒かねぇのか?」
「のだっ♡」
レイは得意げに頷いた。
「休ませるのだぁ♡」
「休ませる?」
「うむ♡」
レイはかなり真面目だった。
「ずっと使うと土が疲れるらしいのだぁ♡」
「…………」
農奴たちが微妙な顔になる。
そんな発想、この辺では珍しい。
基本的に農奴は、
“使えるなら使う”
である。
土地を休ませる余裕などない。
「のだっ♡」
しかしレイは最近、これを気に入っていた。
理由は単純。
教えてもらったからである。
「…………」
数日前。
村へ来ていた神官が、雑談のついでに教えたのだ。
『土地も疲れる』
『場所を変えろ』
『休ませろ』
その神官は、神殿農園の管理経験があったらしい。
「のだぁ〜〜」
レイはその話に妙に感動した。
なにせ。
土魔法持ちとして非常に興味深かった。
「土も疲れるのだぁ……」
かなり真剣に考え込んでいた。
そして。
「吾輩、今まで土を酷使してたのだぁ……」
急に申し訳なくなった。
完全に畑脳だった。
「のだっ♡」
だから今日は、お礼をしに来たのである。
しかも。
かなり嬉しそうに。
「のだぁ〜♡」
レイは両手で何かを抱えていた。
長い布袋。
しかも妙にもぞもぞ動く。
「…………」
神官が嫌な予感を覚える。
「レイ」
「のだ?」
「それは何だ」
「お礼なのだっ♡」
神官が固まる。
レイは超笑顔だった。
「吾輩、狩ってきたのだぁ♡」
「狩った?」
「うむ♡」
レイはかなり得意げだった。
「ターバンコブラなのだっ♡」
「…………」
神官、沈黙。
周囲の農奴たちも凍る。
ターバンコブラ。
この辺でも有名な危険生物だった。
妙に素早い。
毒が強い。
しかも気性が荒い。
農奴の子供が近づく生き物ではない。
「…………」
神官がゆっくり聞いた。
「どうやって?」
「のだっ♡」
レイは笑顔で説明した。
「土魔法で追い込んでぇ♡」
どごごごごっ、と土壁を作り。
「土に沈めてぇ♡」
逃げ道を塞ぎ。
「狩ったのだぁ♡」
「…………」
完全に狩人だった。
しかもかなり効率的。
農奴たちがざわつく。
「怖ぇ……」
「蛇が可哀想になってきた……」
「のだっ♡」
レイ本人は超ご機嫌だった。
「ありがとうございますのだぁ♡」
そう言って。
布袋を神官へ押し付けた。
「待て」
神官が慌てる。
「生きているのか?」
「半分くらいなのだっ♡」
「半分?」
「元気なのだぁ♡」
全然説明になってない。
すると。
しゃあああああっ!!
布袋の中から威嚇音。
「…………」
神官が本気で後ずさった。
周囲の農奴たちも逃げる。
「出すな!!」
「こっち来るな!!」
「のだぁ?」
レイはきょとんとしていた。
「美味しいのだぁ?」
「怖いんだよ!!」
神官が珍しく大声を出した。
「毒蛇だぞ!!」
「のだっ♡」
レイは得意げに頷く。
「だからお礼なのだぁ♡」
「いらん!!」
即答だった。
しかし。
農奴たちはちょっとだけ羨ましそうだった。
「…………」
ターバンコブラは危険だが、高級食材扱いされる地域もある。
毒抜きは大変だが、肉は美味い。
しかも皮も使える。
「のだぁ?」
レイは首を傾げた。
「喜ぶと思ったのだぁ」
「気持ちは分かった!」
神官は本気で疲れた顔をしていた。
「だが普通、子供がお礼に毒蛇を持ってくるな!!」
「のだぁ?」
レイは本当に不思議そうだった。
「いっぱい頑張って狩ったのだぁ♡」
そこだけは本当だった。
実際かなり頑張ったのである。
土を掘り。
逃げ道を塞ぎ。
ゴーレムまで投入した。
「…………」
神官は頭を抱えた。
この子供。
どんどん強くなっている。
なのに。
行動原理が徹底的に農奴。
「のだっ♡」
レイはさらに得意げに続けた。
「今度もっと大きいの狩るのだぁ♡」
「やめろ」
「なんでなのだぁ!?」
周囲の農奴たちが笑い始める。
怖い。
変。
でも妙に憎めない。
「…………」
結局。
神官は半泣きで蛇を受け取った。
農奴たちは後でそれを捌いて食べた。
そしてレイは。
「のだっ♡」
かなり満足そうだった。
「良いことしたのだぁ♡」
本人だけは、本気で善行だと思っていたのである。




