26 ロイのモヤモヤ
冬。
村は白かった。
雪が積もり、畑は完全に眠っている。
農奴たちは家へこもり、薪を節約しながら春を待つ季節だった。
そして。
「のだぁっ♡」
レイは今日も元気だった。
「もっと薪くべるのだぁ♡」
「駄目だよ!」
マリアが慌てる。
「春まで持たなくなる!」
「寒いのだぁ!」
レイは毛布へくるまりながらぷんすかしていた。
冬は嫌いだった。
畑仕事が減る。
魚も減る。
しかも寒い。
「のだぁ……」
しかし。
そんなレイとは違い。
ロイは最近、少し静かだった。
「…………」
五歳。
以前よりかなり成長した。
頬もふっくらしたし、風邪も減った。
レイが働きまくっているおかげで、食事事情が改善しているからだ。
それでも。
ロイは最近、時々ぼーっとしていた。
「…………」
原因は、なんとなく自分でも分かっている。
最近。
貴族たちがよく来るからだ。
「…………」
レイを見るために。
神官。
騎士。
貴族。
そして時々。
貴族の子供たちまで来る。
特に令嬢たち。
綺麗な服。
綺麗な靴。
白い手袋。
雪の上でも汚れない。
「…………」
ロイは、つい見てしまう。
特に服。
ふわふわしていて。
柔らかそうで。
暖かそう。
村の服とは全然違う。
「…………」
ロイは自分の袖を見た。
古い。
継ぎ接ぎ。
少し硬い。
マリアが何度も縫っている。
「…………」
もちろん。
不満ではない。
ロイはちゃんと分かっている。
兄が働いていること。
母親が頑張っていること。
レイはいつも自分へ食べ物を分けてくれる。
「ロイもっと食べろなのだぁ♡」
と言いながら、自分の黒パンを割ってくれる。
だから。
文句なんて言えない。
「…………」
でも。
羨ましかった。
少しだけ。
貴族令嬢たちの綺麗な服が。
「…………」
ある日。
ロイは小屋の窓から外を見ていた。
雪の中。
馬車が止まっている。
また貴族が来たのだ。
そして。
今日は小さな令嬢も一緒だった。
白いコート。
毛皮。
綺麗なブーツ。
「…………」
ロイはじっと見てしまう。
すると。
「のだぁあああ!?!?」
外でレイが吹き飛んだ。
どしゃあっ。
「吾輩の魔法が跳ね返ったのだぁああ!!」
また接待試合だった。
令嬢が微妙な顔をしている。
騎士たちも困惑している。
「…………」
ロイは少しだけ笑った。
兄は相変わらず変だった。
強いくせに、わざと負ける。
しかも演技が下手。
「のだぁ……」
レイは雪へ埋まりながら苦しむふりをしていた。
しかし。
その横に立つ令嬢の服を見た瞬間。
「…………」
ロイの胸が少しだけ苦しくなる。
綺麗。
本当に。
同じ子供とは思えない。
「…………」
ロイは自分の服を握った。
別に嫌いではない。
でも。
なんとなく惨めな気持ちになる。
「…………」
すると。
外からレイの声が聞こえた。
「のだぁああ!!」
また大げさに転んでいる。
「強いのだぁああ!!」
完全に棒読み。
ロイはまた少し笑った。
「…………」
兄はすごい。
皆がそう言う。
村の人も。
神官も。
貴族も。
でも。
ロイは知っている。
兄は毎日泥だらけだ。
毎日働いて。
毎日怒鳴って。
毎日お腹空いたと言っている。
「…………」
だから余計に、不思議だった。
なぜ兄だけ、貴族たちと並ぶのか。
なぜ兄だけ、学園へ行くのか。
なぜ自分は違うのか。
「…………」
ロイはそれを誰にも言わなかった。
マリアには心配をかけたくない。
レイにはもっと言えない。
兄は今でも、
“自分がいなくなる前に”
と働き続けている。
そんな兄へ、
「羨ましい」
なんて言えなかった。
「ロイー!」
「っ!」
レイの声。
「見てたのだぁ!?今の超自然だったのだぁ!?」
雪だらけで走ってくる。
全然自然じゃない。
ロイは思わず吹き出した。
「変だった」
「のだぁあああ!!」
レイがショックを受ける。
「なんでなのだぁ!!」
「ゴーレム逆さまだった」
「演出なのだぁ!!」
「変」
「のだぁぁ!!」
レイは本気で悔しそうだった。
その顔を見ていると。
ロイの胸のもやもやは、少しだけ薄くなる。
「…………」
兄はやっぱり変だ。
変で。
泥だらけで。
食い意地が張っていて。
でも。
誰より働いていた。
「のだぁ……」
レイはまだ演技の反省をしている。
「もっと自然に負けないとなのだぁ……」
「別に勝てばいいのに」
「駄目なのだっ♡」
レイは妙に真剣だった。
「農奴は空気読むのだぁ♡」
ロイには、やっぱりよく分からなかった。
でも。
少なくとも。
今の兄が、嫌いではなかった。




