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貴族しか魔法を使えない世界で、農奴の俺だけ土魔法が使えたので畑を耕していたら魔法学園へ強制入学させられることになった  作者: 雪だるま
第一章

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21/42

21 母親の恐怖

 その夜。


 マカロン家の小屋は静かだった。


 火の音だけが響いている。


 ぱち、ぱち。


 湿った薪が燃える匂い。


「…………」


 マリアは鍋を見つめたまま、しばらく動かなかった。


 頭の中で、神官の言葉が何度も反響している。


『十二歳になった時点で入学させる』


 十二歳。


 あと数年。


 短い。

 あまりにも。


「…………」


 農奴の生活では、数年など一瞬だ。


 春が来て。

 畑を耕して。

 冬を越えて。


 それを繰り返しているうちに、すぐ終わる。


「…………」


 マリアは怖かった。


 今までずっと、

“いつか連れて行かれる”

 と覚悟していた。


 でも。


 実際に期限を告げられると、まるで首へ縄をかけられたみたいだった。


 十二歳。


 つまり。


 あと数年で、レイはいなくなる。


「…………」


 すると。


「のだぁ♡」


 横でレイが黒パンをもぐもぐ食べていた。


 妙に真剣な顔で。


「…………」


 マリアは少し不思議だった。


 今日は珍しく騒がない。


 いつもなら、

「学園嫌なのだぁああ!!」

 と暴れているはずなのに。


「レイ?」


「のだ?」


「……どうしたんだい」


 するとレイは真顔で言った。


「考えてるのだぁ」


「…………」


 その言葉に、マリアの胸が少し痛くなる。


 まだ五歳だ。


 本来なら、もっと無邪気でいい。


 なのに。


 最近のレイは時々、大人みたいな顔をする。


「のだぁ」


 レイはパンを飲み込んだ。


 そして。


「吾輩、もっと働くのだぁ」


 真顔だった。


「…………え」


「学園行ったら数年間いなくなるのだぁ」


 ロイがびくっとした。


「にいちゃん……?」


 レイは気づいていない。


 いや。


 気づいていても、先に現実を考えていた。


「だから今のうちにいっぱい働くのだっ♡」


「…………」


 マリアは何も言えなかった。


 レイは続ける。


「畑増やすのだぁ♡」


 妙に真剣だった。


「石も全部どかすのだぁ♡」


「…………」


「水路も増やすのだぁ♡」


 完全に農業計画だった。


「あと魚いっぱい干すのだぁ♡」


 農奴の冬支度である。


「ロイももっと食べさせるのだぁ」


「……にいちゃん」


「ママも働きすぎなのだぁ」


 レイはむむっと眉を寄せた。


「吾輩がいない間、大変なのだぁ」


 マリアの胸がぎゅっと痛くなる。


 この子は。


 まだ五歳なのに。


 もう、

“自分が労働力”

 だと理解している。


 それが農奴の子供だった。


「…………」


 ロイが不安そうに聞いた。


「にいちゃん、ほんとにいなくなるの?」


「のだぁ?」


 レイは少し考えた。


「たぶん帰ってくるのだっ♡」


 かなり軽かった。


「だって吾輩、ママの黒パン好きなのだぁ♡」


 ロイが少し笑う。


 マリアも笑いそうになった。


 でも。


 怖かった。


 学園。


 貴族たちの世界。


 神殿。


 そんな場所へ、農奴の子供が放り込まれる。


 何が起きるか分からない。


「のだっ♡」


 しかしレイ本人は、もう別のことを考えていた。


「まず明日、畑の端広げるのだぁ♡」


「……明日?」


「うむ♡」


 レイは完全にやる気だった。


「もっと麦作るのだぁ♡」


 最近、レイは本当に働くようになっていた。


 以前から畑仕事は好きだったが、最近は特に真剣だ。


 石をどかす。

 水路を整える。

 土を柔らかくする。


 農奴の大人たちですら驚くほど働く。


「のだぁ♡」


 レイはさらに続ける。


「あと薪もいっぱい作るのだぁ♡」


「…………」


「ゴーレム増やせばいっぱい割れるのだぁ♡」


 完全に冬対策だった。


 マリアは思わず口を押さえる。


 泣きそうになる。


 この子は。


 学園へ行くことより。


 “自分がいない間の家族”

 を先に考えている。


「…………」


 農奴の子供は早く大人になる。


 働かないと食えないからだ。


 でも。


 それでも。


 まだ五歳だ。


 本来なら、

“学園ってなんだろう”

 くらいでいい年齢なのに。


「ママ?」


「……なんでもないよ」


 マリアは慌てて笑った。


 泣き顔を見せないように。


「のだぁ?」


 レイは少し不思議そうだったが、すぐまた真顔に戻った。


「うむ……」


 そしてぶつぶつ言い始める。


「畑二つ増やしてぇ……」

「魚干してぇ……」

「ロイにも薪割り覚えさせてぇ……」


「えぇ!?」


 ロイがびっくりする。


「ロイやだ!!」


「駄目なのだっ♡」


 レイは妙に偉そうだった。


「農奴は働くのだぁ♡」


「やだぁ!!」


 兄妹が騒ぎ始める。


 マリアはそれを見ながら、小さく笑った。


「…………」


 怖い。


 本当に怖い。


 でも。


 今この瞬間だけは、まだ家族でいられる。


 まだ。


 レイはここにいる。


「のだっ♡」


 レイは突然立ち上がった。


「決めたのだぁ♡」


「?」


「吾輩、超働くのだぁ♡」


 完全にやる気だった。


「未来のためになのだっ♡」


 その言葉は。


 泥だらけの農奴の五歳児が言うには、妙に真っ直ぐだった。


 そしてその夜。


 レイはいつもの秘密の木片へ、新しい詩を書いた。


『本日のレイ、未来のために働くと決意』


『超偉い』


『たぶん村で一番偉い』


 相変わらず内容は酷かった。


 しかし文字を書くレイの顔だけは、妙に真剣だった。

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