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貴族しか魔法を使えない世界で、農奴の俺だけ土魔法が使えたので畑を耕していたら魔法学園へ強制入学させられることになった  作者: 雪だるま
第一章

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 夕暮れの川は冷たかった。


 夏の終わりとはいえ、日が沈み始めると水はかなり冷える。


「のだぁぁぁ……」


 その川の中で、レイはしょんぼりしていた。


 頭から水をかぶっている。


 何度も。

 かなり念入りに。


「臭いのだぁ……」


 半泣きである。


 カレーじごく鳥の糞は本当に臭かった。


 しかも頭へ直撃した。


 農奴の五歳児にとって、かなり深刻な事件である。


「のだぁぁ……」


 レイは川の中で髪をわしゃわしゃ洗った。


 すると近くで、サモサが笑いを堪えていた。


「……まだ気にしてる」


「当然なのだぁ!!」


 レイは即座に振り向いた。


「吾輩の綺麗な服がぁああ!!」


「綺麗……?」


 サモサは微妙な顔をした。


 レイの服は、普通にぼろぼろだった。


 ただし。


 農奴基準ではかなり“マシな方”だった。


 穴が少ない。

 泥が落ちやすい。

 布がまだ柔らかい。


 つまりレイのお気に入りである。


「あーあ……」


 レイはしょんぼりした。


「貴重な服が汚れちゃったのだぁ……」


 その声が妙に本気だったので、サモサは少し黙った。


「…………」


 農奴にとって服はかなり大事だ。


 何着も持っているわけじゃない。


 基本的に毎日同じ服。


 破れたら縫う。

 汚れたら洗う。

 さらに破れたら継ぎ接ぎ。


 それを何年も使う。


 だからレイが本気で落ち込むのも分かる。


「……洗えば?」


「洗ってるのだぁ!」


 レイはぷんすか怒った。


「でも臭いのだぁ!!」


 ばしゃっ!!


 さらに水をかぶる。


 その姿が妙に必死で、サモサはまた笑いそうになった。


「ぷっ……」


「笑うななのだぁ!!」


「ご、ごめん……」


 全然反省してない顔だった。


「のだぁ……」


 レイは川へぷかぷか浮いた。


 犬かき。

 背泳ぎ。

 意味不明な泳ぎ。


 最近、川遊びの時間がかなり増えていた。


 なにせレイは水が好きなのだ。


「のだぁ〜〜」


 空を見上げる。


 夕焼け。

 雲。

 虫の声。


 村は貧しいが、自然だけは広かった。


「…………」


 サモサも川辺へ座った。


 靴を脱ぎ、足だけ水へ入れる。


「冷たい」


「のだっ♡」


 レイはすぐ復活した。


「気持ちいいのだぁ♡」


 単純である。


 さっきまで大激怒していたのに、もう機嫌が戻り始めている。


「のだっ♡」


 レイは急に川へ潜った。


 ぼちゃん。


「…………」


 数秒。


 浮いてこない。


 サモサが少し不安になる。


「……レイ?」


 すると。


 ばしゃぁっ!!


「のだぁっ♡」


 レイが飛び出した。


 手には魚。


「捕まえたのだぁ♡」


「うわっ」


 サモサがびっくりする。


 レイは超得意げだった。


「吾輩、水の王だからなぁ♡」


「また言ってる」


 しかし魚を素手で捕まえるのは普通に上手かった。


 村の子供たちの中でもかなり上手い方である。


「のだっ♡」


 レイは魚を岸へ投げた。


 ぴちぴち跳ねる。


「夕食追加なのだぁ♡」


 完全に農奴の思考だった。


 食えるなら嬉しい。


「…………」


 サモサはそんなレイを見ていた。


 不思議だった。


 最初は怖かった。


 魔法。

 ゴーレム。

 土を動かす力。


 でも今は。


「…………」


 レイは普通に川で遊んでいる。


 鳥に怒る。

 服を気にする。

 魚を捕まえて喜ぶ。


 やってることは、ただの村の悪ガキだった。


「のだぁ〜♡」


 レイは川を漂っていた。


「平和なのだぁ♡」


 すると。


 サモサがぽつりと言った。


「……でも、最近いっぱい貴族来るよね」


「のだ?」


 レイはぷかぷか浮きながら首を傾げる。


「また来ると思う?」


「来るのだっ♡」


 即答。


「なんでそんな平気なの」


「のだぁ?」


 レイは真顔になった。


「だって媚びればいいのだぁ♡」


「…………」


 サモサは数秒黙った。


「それでいいの……?」


「農奴は媚びるのだっ♡」


 完全に自然な価値観だった。


「あと適当に転ぶのだぁ♡」


「それ絶対変」


「のだぁ?」


 レイは本気で不思議そうだった。


 そしてまた空を見る。


「でも吾輩、今の方が好きなのだぁ」


「今?」


「うむ♡」


 レイは水へぷかぷか浮きながら言った。


「畑もあるし、魚もいるし、遊べるのだぁ♡」


 それは、本当に農奴の子供らしい感想だった。


 豪華さも。

 夢も。

 野心もない。


 ただ。


 今日食べられて。

 今日遊べて。

 明日も川へ行ける。


 それだけ。


「…………」


 サモサは少しだけ笑った。


「……変なの」


「のだっ♡」


 レイはまたどや顔をした。


「吾輩、超変なのだぁ♡」


 それは否定できなかった。


 夕陽が少しずつ沈んでいく。


 川面が赤く光る。


 レイはまた魚を追いかけ始めた。


「のだぁああ!!待つのだぁああ!!」


 ばしゃばしゃ暴れる。


 魚、普通に逃げる。


「のだぁ!?」


 サモサが笑う。


 レイもつられて笑う。


 川辺には、子供たちの笑い声だけが響いていた。

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