15 初めての接待試合
その日、村は朝から妙にざわついていた。
「また貴族様が来るらしい」
「今度は子供だと」
「坊ちゃんが視察だとか……」
農奴たちは皆、落ち着かない。
貴族が来るだけで空気が変わる。
道を整える。
泥を避ける。
目を合わせない。
それが農奴の習性だった。
「のだぁ?」
一方レイは。
川で魚を見ていた。
「今日も太ってるのだぁ♡」
完全に平和である。
すると。
遠くから馬車の音が聞こえた。
がらがらがら。
村人たちが一斉に頭を下げる。
「のだっ!?」
レイも反射的に飛び起きた。
「お貴族様なのだぁ!?」
即座に泥を払う。
しかし全然綺麗にならない。
「のだぁ……」
そこへ馬車が止まった。
降りてきたのは、十歳前後の少年だった。
赤い上着。
綺麗な革靴。
細い剣。
顔立ちは整っているが、表情はかなり不機嫌そうだった。
名前はパコラ。
地方貴族の息子である。
その後ろには騎士と神官までいる。
完全に“視察”だった。
「…………」
パコラは村を見回した。
汚い。
臭い。
泥だらけ。
貴族の子供からすれば、農村などそういう感想しか出てこない。
そして。
視線が止まる。
レイ。
泥だらけの五歳児。
「……あれか?」
神官が頷く。
「はい。農奴の魔力持ちです」
パコラの目が細くなる。
「ふぅん」
面白くなかった。
かなり。
最近、“農奴の子供が魔法を使う”という噂が広がっている。
しかも土魔法で畑仕事をしているだの、ゴーレムを出しただの。
農奴たちがざわつき始めている。
それが気に入らなかった。
魔法は貴族のものだ。
農奴が希望を持つなど鬱陶しい。
だから父親に言われたのである。
「実力を見てこい」
そしてできれば。
“格の違い”も見せつけろと。
「お前がレイか?」
「のだぁああ!!」
レイは即土下座した。
「善良で可愛い農奴ですのだぁあああ♡」
騎士が吹き出しそうになる。
パコラも少し引いた。
「……なんだこいつ」
しかしレイ本人は本気だった。
貴族相手にはまず媚びる。
これは農奴の基本である。
「立て」
「のだっ♡」
レイはぴしっと立った。
しかし泥だらけ。
しかも顔がにやにやしている。
「お前、魔法を使えるらしいな」
「ちょっとだけなのだぁ♡」
「なら勝負しろ」
「のだ?」
レイはきょとんとした。
周囲の農奴たちが青ざめる。
勝負。
つまり模擬戦。
貴族の子供が農奴を叩き潰すためによくやる遊びだった。
「…………」
しかしレイは。
妙に冷静だった。
「のだぁ」
なるほど。
理解した。
これは“接待試合”である。
つまり。
相手を気持ちよく勝たせるやつ。
農奴の感覚ではかなり自然な結論だった。
貴族を立てる。
機嫌を取る。
極めて重要。
「のだっ♡」
レイは即座にやる気を出した。
「分かったのだぁ♡」
パコラは少し眉をひそめた。
もっと怯えると思っていた。
だがレイは妙に軽い。
「では始めろ」
神官が下がる。
農奴たちは固唾を呑む。
パコラは剣を抜いた。
魔力がうっすら光る。
ちゃんと教育を受けた貴族の魔法だった。
「…………」
一方レイは。
妙に真剣だった。
どうやったら自然に負けられるかを考えている。
「のだぁ……」
そして。
「はぁっ!」
パコラが突っ込んできた。
火花みたいな魔力が剣へ宿る。
農奴たちが悲鳴を上げた。
「うわっ!」
「坊ちゃん本気だ!」
するとレイは。
「のだぁああああ!!」
めちゃくちゃ大げさに転んだ。
どしゃっ。
泥まみれ。
しかも。
「つ、強いのだぁああ!!」
まだ剣当たってない。
騎士が変な顔をした。
「…………」
パコラも一瞬止まる。
しかしレイは続けた。
「のだぁ……すごいのだぁ……」
よろよろ立つ。
そして。
わざと変な方向へ土魔法を撃った。
どごぉん!!
全然違う場所の畑が吹き飛ぶ。
「のだぁっ!?」
レイ本人もびっくりした演技をする。
「魔法が暴走したのだぁああ!!」
五歳児なので演技が雑だった。
だが本人はかなり頑張っている。
「…………」
パコラは困惑していた。
なんだこいつ。
するとレイは。
「ぎゃあああ!!」
今度は勝手に転がった。
しかも。
「やられたのだぁ……」
まだ攻撃されてない。
「吾輩ボロボロなのだぁ……」
全然元気。
農奴たちがざわざわし始める。
「…………」
「わざとでは?」
「いやでも五歳だし……」
騎士たちも困惑していた。
パコラも剣を持ったまま固まる。
「…………」
だが。
周囲から見ると。
一応、貴族の子供が勝っているように見えた。
レイが勝手に転がってるので。
「のだぁ……」
レイは地面でぴくぴくしていた。
「お貴族様、強すぎるのだぁ……」
超棒読み。
しかし本人はかなり真面目だった。
農奴の処世術としては満点に近い。
「…………」
パコラはしばらく黙っていた。
そして。
妙に気まずくなった。
思っていたのと違う。
本当は、
“農奴風情を叩き潰す”
つもりだった。
だが相手が五歳児すぎる。
しかも妙に媚びる。
さらに。
なんか演技が下手。
「……もういい」
パコラは剣を下ろした。
「のだぁ?」
「帰る」
レイは即座に起き上がった。
「さすがお貴族様なのだっ♡慈悲深いのだぁ♡」
騎士がついに吹き出した。
パコラの顔が赤くなる。
「うるさい!!」
そのまま馬車へ向かう。
農奴たちは一斉に頭を下げた。
そして馬車が去ったあと。
静寂。
「…………」
レイは泥を払った。
「のだっ♡」
かなり満足げだった。
「接待成功なのだぁ♡」
完全に本人は仕事をやり切った顔である。
しかし。
村人たちは妙な顔をしていた。
なぜなら。
どう見ても。
貴族の坊ちゃんの方が途中から困っていたからである。




