14 母の心配
夜。
マカロン家の小屋には、いつものように小さな火が灯っていた。
ぱち、ぱち、と湿った薪が鳴る。
鍋の中では薄い芋のスープが煮えていた。
「のだっ♡」
その前でレイは超上機嫌だった。
「今日は超働いたのだぁ♡」
黒パンを齧りながら得意げである。
「サモサの畑も完全勝利なのだっ♡薪割りまでしてやったのだっ♡」
「薪割りまで?」
マリアは少し驚いた。
「うむ♡」
レイはどや顔だった。
「美少女サービスなのだっ♡」
「その言葉どこで覚えたんだい……」
マリアは疲れた顔でため息をついた。
しかし。
その顔はちゃんと笑っていた。
「のだっ♡」
ロイも楽しそうだった。
「にいちゃん、つよい!」
「当然なのだぁ♡」
レイは完全に調子に乗っていた。
「吾輩、最強農奴だからなぁ♡」
「さいきょうのうど!」
「そうなのだっ♡」
きゃっきゃ笑う兄妹。
マリアはその様子を見ながら、静かにスープをよそっていた。
「…………」
最近、食卓が少し変わった。
パンが増えた。
干し魚がある。
時々、卵も来る。
レイが畑仕事を手伝うようになってからだ。
村人たちは怖がっている。
だが同時に頼っている。
収穫量。
石拾い。
水路。
農奴にとって、それは生活そのものだった。
「のだぁ♡」
レイはスープをすすっていた。
今日はかなり疲れているらしく、妙に静かだ。
それでも嬉しそうだった。
働いて。
褒められて。
飯が増えた。
農奴の子供としてはかなり分かりやすい幸福である。
「…………」
マリアはそんな息子を見ていた。
小さい。
まだ五歳。
泥だらけで。
食べ方も汚くて。
夜になるとすぐ眠くなる。
なのに。
地面を動かす。
ゴーレムを作る。
貴族たちですら驚く力を持っている。
「…………」
怖かった。
本当に怖かった。
最近、地主家から来る人間が増えている。
神官。
役人。
騎士。
皆、レイを見る目が違う。
珍しいものを見る目。
価値を計る目。
そして時々。
“取り上げるべき財産”を見るような目。
「…………」
マリアは知っている。
農奴に拒否権などない。
もし本当に上が、
“この子を引き取る”
と決めたら。
自分には止められない。
「ママ!」
「……え?」
顔を上げる。
レイがパンを振っていた。
「ぼーっとしてるのだぁ♡」
「……ああ、ごめんよ」
マリアは笑った。
ちゃんと。
いつも通り。
子供たちに不安を見せないように。
「今日はいっぱい働いたんだねぇ」
「当然なのだっ♡」
レイは即座にふんぞり返った。
「吾輩がいないと村の生産性が終わってるのだぁ♡」
「その言い方やめな」
ロイがきゃっきゃ笑う。
「せいさんせー!」
「ロイは覚えなくていいのだぁ!!」
兄妹が騒ぎ始める。
マリアはそれを見ながら、静かに微笑んでいた。
「…………」
生活は確実に楽になった。
本当に。
去年の冬は酷かった。
父親が徴兵され。
労働力が減り。
食料も減った。
春を越えられるか、本気で不安だった。
でも今は違う。
レイがいる。
畑仕事が進む。
食料が増える。
薪も増える。
近所から小さな礼まで貰える。
「…………」
本来なら喜ぶべきだった。
でも。
楽になればなるほど、怖かった。
この生活が、“レイの力”の上に成り立っているからだ。
もし連れていかれたら?
もし貴族が本格的に目をつけたら?
もし神殿が回収に来たら?
「…………」
胸の奥が冷える。
しかし。
「のだぁ♡」
レイは全く気づいていなかった。
今もパンをもぐもぐ食べながら、
「明日はもっと畑耕すのだっ♡」
などと言っている。
完全に農奴の働き手思考である。
「にいちゃん、あしたもおさかな?」
「当然なのだぁ♡」
「わーい!」
ロイが喜ぶ。
その姿を見て、マリアはまた笑った。
「…………」
この子たちはまだ小さい。
だから。
せめて家の中だけは、普通でいたかった。
怖がらせたくなかった。
たとえ自分が夜眠れなくても。
たとえ、
“いつ奪われるか”
を考え続けていても。
「さぁ、食べたら寝るよ」
「のだっ♡」
「はーい!」
兄妹が返事する。
マリアはその声を聞きながら、鍋を見つめた。
火は小さい。
小屋も寒い。
でも。
今だけは。
ちゃんと家族の食卓になっていた。
「…………」
マリアは静かに息を吐いた。
そしてまた、いつもの優しい母親の顔へ戻った。
「ほらレイ、そんなに急いで食べると喉詰まるよ」
「のだぁっ!?」
次の瞬間。
レイが本当にむせた。
ロイが大爆笑した。
マリアも笑った。
その笑い声だけは、少なくとも本物だった。




