11 文学的なレイ
春の終わり頃になると、レイの生活は完全に固まっていた。
朝起きる。
黒パンを食う。
畑仕事。
魔法。
魚捕り。
泥だらけ。
寝る。
極めて農奴的である。
「のだぁ〜♡」
今日もレイは上機嫌だった。
畑仕事が終わった直後だからである。
どごごごごっ!!
最後に土魔法で畝を整え、石を端へ積み上げる。
「完成なのだっ♡」
汗だく。
泥まみれ。
しかし表情は達成感に満ちていた。
農奴にとって“作業が終わる”というのはかなり大きい。
しかも最近は、周囲の農奴たちからも小さな報酬をもらえるようになっていた。
卵。
干し魚。
黒パン。
時々ちょっとだけ肉。
「のだぁ♡」
レイはご満悦だった。
「吾輩、完全に有能農奴なのだぁ♡」
誰もそんな称号は作っていない。
しかし本人はかなり誇らしかった。
夕方。
レイは川で手を洗ったあと、小屋の裏へ回った。
そこには小さな切り株がある。
最近のお気に入りの場所だった。
「のだっ♡」
周囲を確認する。
誰もいない。
ロイは昼寝中。
マリアは鍋を見ている。
村人たちもまだ作業していた。
「うむ♡」
レイは満足げに座り込んだ。
そして懐から、小さな木片を取り出す。
さらに炭。
農奴の家では紙など高価すぎる。
だから木片へ書く。
「のだぁ〜♡」
にやにやしながら炭を持つ。
そして。
さらさらさらっ。
文字を書き始めた。
この世界の文字ではない。
レイだけが知っている、前世で使っていた文字だった。
だから誰にも読めない。
そもそも周囲の農奴は文字自体ほぼ知らない。
見せても“変な模様”で終わる。
「のだっ♡」
レイは超真剣だった。
畑仕事のあと、この時間が妙に好きなのである。
静か。
誰もいない。
そして、自分だけが読める。
「…………」
さらさら。
炭が木片を滑る。
書いている内容は大したものではない。
むしろかなり酷い。
『偉大なるレイ、今日も畑を制覇す』
『土は吾輩を愛している』
『村最高の農奴、それが吾輩』
『魚捕りの英雄レイ』
『超働いたので偉い』
全部、自画自賛だった。
しかも妙にテンションが高い。
「のだぁ♡」
レイは満足げに頷く。
五歳児なのである。
秘密の落書き帳みたいなものだった。
ただし本人はかなり文学的なつもりでいる。
「ふむ……」
真剣に読み返す。
「名作なのだぁ……」
誰も読めないが。
しかも。
内容が完全に農奴である。
戦争。
哲学。
英雄譚。
そういうものは一切ない。
書いてあるのは、
“今日いっぱい働いた”
“魚が捕れた”
“吾輩すごい”
だけである。
「のだっ♡」
レイはさらに新作を書く。
『本日のレイ、石拾いを完全勝利』
『ママより畑仕事が上手』
『黒パン最高』
「うむ♡」
満足。
そしてそのまま寝転がる。
夕日が赤い。
川の音が聞こえる。
遠くで牛が鳴いていた。
「…………」
農奴の生活は大変だ。
寒い。
腹が減る。
疲れる。
だが最近のレイは、そこまで嫌いではなかった。
特に魔法を覚えてからは。
働けば目に見えて成果が出る。
畑が綺麗になる。
食料が増える。
それが妙に楽しい。
「のだぁ♡」
レイはまた木片を見た。
自分しか読めない文字。
自分しか分からない詩。
変な感じだった。
村の農奴たちは、誰もこんなことをしない。
そもそも書けない。
農奴にとって文字は遠い世界のものだ。
神官。
貴族。
徴税人。
そういう偉い人間の道具である。
だからレイも普段は絶対に見せない。
見せる意味がない。
どうせ読めない。
「のだぁ〜」
木片を抱えたままごろごろ転がる。
そして急に思い出したようにまた書き始めた。
『本日のレイ、昼寝を我慢して働いた』
『偉すぎるので将来褒められるべき』
『魚も捕った。完璧』
「のだっ♡」
超ご満悦である。
すると遠くからマリアの声がした。
「レイー!ご飯だよ!」
「のだっ♡」
レイは慌てて木片を隠した。
藁の隙間へ突っ込む。
誰も読めなくても、なんとなく恥ずかしいのである。
「今行くのだぁ♡」
立ち上がる。
腹が減っていた。
今日の夕飯は薄いスープと黒パンだろう。
でも最近は少しだけ量が増えた。
それだけでかなり嬉しい。
「のだっ♡」
レイは泥道を走った。
秘密の木片は、小屋の裏に隠したままだった。
誰にも読まれない。
誰にも理解されない。
だがレイはそれで満足だった。
農奴の五歳児にとって、“自分だけの秘密”というのは妙に楽しいものだったのである。




