10 神官や貴族たち
それから数週間。
マカロン家は、すっかり村の“変な家”になっていた。
「また来てるぞ」
「今日は神官様らしい」
「いや貴族の使いだろ」
朝になると、村人たちがそわそわする。
理由は簡単だった。
定期的に、偉い人間がマカロン家へ来るからである。
神官。
地主家の役人。
たまに貴族本人。
理由はもちろん、レイだった。
「農奴の子供が魔法を使う」
その噂は近隣まで広がっていた。
しかもただの火花程度ではない。
土を大規模に動かし、ゴーレムまで作る。
完全に異常である。
「…………」
そして当のレイは。
「のだっ♡」
めちゃくちゃ媚びていた。
馬車が見えた瞬間。
「のだぁああああ!!」
どしゃっ。
即土下座。
速度が異常だった。
農奴たちが毎回びくっとするレベルで綺麗な土下座である。
「善良で可愛い農奴ですのだぁあああ♡」
五歳児とは思えない。
しかも笑顔が妙に営業的だった。
地主家の若い騎士が毎回困惑している。
「……なんなんだこの子供」
普通、農奴の子供はもっと怯える。
泣く。
隠れる。
母親の後ろに行く。
だがレイは違う。
自分から全力で媚びに来る。
「今日は何しに来たのだぁ♡」
にこにこ。
泥だらけ。
しかし態度だけ異様に下手である。
前に来た神官など、あまりに媚びられすぎて逆に警戒していた。
「……お前、本当に五歳か?」
「五歳なのだっ♡」
「なぜそんなに土下座に慣れている」
「農奴だからなのだっ♡」
即答。
周囲の農奴たちが微妙な顔をした。
否定できないのである。
実際、農奴は土下座文化が強い。
貴族。
徴税人。
神官。
兵士。
逆らえば終わる相手が多すぎる。
だからレイの行動は、ある意味では非常に農奴的だった。
ただし。
五歳児にしては完成度が高すぎる。
「のだっ♡」
レイは今日も神官へ黒パンを差し出していた。
「食べるのだぁ♡」
「……いや、結構だ」
「遠慮するななのだっ♡」
「いらん」
妙に図太い。
そして肝心の調査だが。
毎回かなり大騒ぎになった。
「では、土を動かしてみろ」
「のだっ♡」
どごごごごっ!!
畑が揺れる。
石が吹き飛ぶ。
水路が完成する。
農奴たちが遠くでざわつく。
「また始まった……」
「便利すぎる……」
「うちの畑も頼みたい……」
恐怖と期待が混ざり始めていた。
特に農奴たちは現実的だ。
魔法は怖い。
だが。
収穫量はもっと大事。
「のだっ♡」
レイ本人は超楽しそうだった。
「耕すのだぁ♡」
どごごごごっ!!
土が踊る。
神官たちは毎回微妙な顔になる。
「…………」
異常である。
普通、魔法は訓練が必要だ。
しかも農奴の子供なら読み書きすら怪しい。
なのにレイは、完全に感覚で土魔法を扱っていた。
しかも。
やたら実用的。
「攻撃ではなく、労働補助に偏っている……?」
「農奴だからでは」
「……ありえるな」
真面目に分析されていた。
実際その通りだった。
レイの頭の中は基本的に、
“どうやったら仕事が楽になるか”
で埋まっている。
土魔法を見た瞬間、
「敵を倒す!」
ではなく、
「石拾いサボれる!」
になったのである。
農奴の子供らしさが極まっていた。
「のだっ♡」
さらにレイは調子に乗っていた。
「見ろなのだっ♡超効率化なのだぁ♡」
どごん!!
畑が綺麗に整う。
農奴たちの目が輝いた。
「すげぇ……」
「神の力だ……」
「いや農業の神だろ……」
変な方向に評価され始めている。
一方、貴族や神官側は困惑していた。
もっとこう。
神秘性とか。
威厳とか。
選ばれし血統感とか。
そういうものを期待していた。
だが実際は。
「のだぁ♡もっと畑持ってこいなのだぁ♡」
泥だらけでテンション上がってる農奴のガキだった。
「…………」
しかも媚びる。
異常に媚びる。
ある日など、地方貴族の次男坊が視察に来た瞬間。
「のだぁあああ!!」
レイは地面へ滑り込み土下座した。
「お貴族様なのだぁああ!!」
次男坊が固まる。
「な、なんだこいつ」
「美しく高貴なお顔なのだぁ♡」
「いや待て」
「靴も超綺麗なのだっ♡」
「おい」
「吾輩にもパンを恵んでほしいのだぁ♡」
完全に農奴仕草だった。
次男坊はドン引きしていた。
「……本当に農奴なんだな」
むしろ妙に納得された。
その後も調査は続いた。
血統確認。
魔力測定。
神殿への報告。
だが何度調べても。
父親も母親も普通の農奴。
レイだけが異常だった。
「…………」
だから余計に不気味だった。
神官たちは時々、レイを見る目を変える。
珍獣を見る目。
あるいは。
“前例のない何か”を見る目。
「のだっ♡」
しかしレイ本人は全く気にしていなかった。
なにせ最近。
神官や貴族が来るたびに食料が増えるのである。
干し肉。
パン。
古着。
調査のついでに、地主家側が“保護”として置いていく。
農奴生活ではかなり大きい。
「のだぁ♡」
レイは干し肉を齧りながら満足げだった。
「魔法って便利なのだぁ♡」
周囲が歴史的異常事態として扱っている一方。
本人の認識は、
“畑仕事が楽になって食料も増えた”
程度だった。




