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夕暮れの村は、昼間より静かだった。
だが静かなだけで、視線は多い。
「…………」
「…………」
レイが泥だらけで歩いていると、遠くから農奴たちがちらちら見ている。
恐怖。
警戒。
そして妙な期待。
今日一日で、レイは三軒分の畑を耕した。
しかも魚二匹と干し芋で働いた。
完全に農奴の感覚である。
「のだぁっ♡」
本人はご機嫌だった。
土魔法が楽しすぎる。
石拾いが一瞬。
水路掘りも一瞬。
畑返しも一瞬。
「ぷぷっ♡人力、雑魚なのだぁ♡」
五歳児とは思えない暴言を吐きながら歩いている。
しかも今日は報酬も多かった。
魚。
黒パン。
小さな干し肉。
農奴社会ではかなりの成果である。
「のだっ♡今日は豪遊なのだっ♡」
腕いっぱいに食料を抱え、レイは小屋へ向かった。
すると。
「にいちゃあああん!!」
ロイが飛び出してきた。
小さな体で全力疾走。
そしてそのままレイへ抱きつく。
「のだぁっ!?」
ぐらつく。
「重いのだぁ!」
「うそ!!」
「軽いのだぁ!!もっと食べろなのだぁ!!」
ロイはきゃっきゃ笑った。
昨日まで怯えていたのが嘘みたいである。
なにせ今日は村中でレイが大暴れしていた。
しかも帰ってきた。
三歳児的にはそれだけで安心だった。
「にいちゃん、おさかな!」
「のだっ♡吾輩が働いた成果なのだっ♡」
得意げ。
完全に一家の働き手気分である。
小屋へ入ると、マリアが疲れ切った顔で座っていた。
「…………帰ってきたかい」
「のだっ♡」
レイは戦利品をどさっと置いた。
「魚なのだっ♡干し肉なのだっ♡」
マリアが目を見開く。
「こんなに……?」
「吾輩、超高性能農奴なのだぁ♡」
「その言い方やめな」
しかし正直助かる。
かなり助かる。
今年は父親がいない。
労働力不足は深刻だった。
そこへ突然、“土を動かして畑仕事を爆速化する五歳児”が生えてきたのである。
怖い。
だが便利。
ものすごく便利。
「…………」
マリアは頭を抱えたくなった。
この子は将来絶対問題を起こす。
だが今日だけで畑の進み具合が違いすぎた。
「のだっ♡」
レイは黒パンを齧っていた。
今日は妙に美味い。
働いた後だからである。
農奴の食事は、基本的に“腹へ入れる燃料”だ。
だから重労働のあとほど美味い。
「のだぁ♡」
ロイも横でパンをもぐもぐしている。
頬が少し膨らんでいた。
昨日より元気そうだった。
レイは満足げに頷く。
「うむ♡」
それから。
小屋の隅へごろんと転がった。
「のだぁ……」
疲れた。
今日は魔法を使いすぎた。
土を動かすたびに体が熱くなり、頭がぼーっとする。
だが楽しかった。
「…………」
外では風が鳴っている。
遠くで犬が吠えていた。
村の夜は暗い。
灯りも少ない。
だから農奴たちは、寝るのも早い。
「のだっ♡ねんねなのだぁ♡」
レイは藁の寝床へ潜り込んだ。
ロイも隣へもぞもぞ入ってくる。
「にいちゃん、あったかい」
「当然なのだっ♡」
レイは妙に偉そうだった。
しかし次の瞬間。
「おい!ロイ!」
「?」
「今日はお漏らしするななのだぁ!」
ロイが固まる。
「し、してないもん!」
「昨日したのだぁ!!」
「してない!!」
「吾輩の服まで濡れたのだぁ!!」
「うそ!!」
きゃあきゃあ騒ぎ始める兄妹。
マリアは疲れた顔でため息をついた。
「静かにしな」
「のだぁ!」
レイはぶーぶー文句を言いながら丸くなる。
「吾輩、今日は超働いたのだぁ……」
実際かなり働いた。
農奴の大人並みに。
五歳児とは思えない労働量である。
しかしレイ本人は満足だった。
腹も膨れた。
家族もいる。
しかも土魔法が楽しすぎる。
「のだぁ♡」
ロイが隣でくっついてくる。
「にいちゃん」
「なんなのだぁ」
「またおさかなとって」
「当然なのだっ♡」
レイは得意げに鼻を鳴らした。
「吾輩、最強農奴なのだぁ♡」
「さいきょうのうど?」
「いっぱい働くすごいやつなのだっ♡」
「おおー」
ロイは素直に感心した。
マリアは頭を抱えた。
「そんな方向に誇りを持たないでおくれよ……」
しかしレイはもう半分寝ていた。
「のだぁ……」
今日一日で、世界は大きく変わった。
村人たちの態度。
地主の視線。
魔法。
全部、昨日までとは違う。
それでも。
藁の寝床は相変わらず硬くて。
ロイは隣で温かくて。
小屋は寒かった。
「…………」
レイは眠る直前、小さく呟く。
「明日はもっと畑やるのだぁ……」
完全に農奴の子供の発想だった。




