第二十三話 死神は傍らで嗤う
「大丈夫だ、キーツ」
「いいから喋るな」
「この程度ならお前は助かる」
私は思いつく限りの言葉を掛けていた。両手はキーツの腹を押し続けて真っ赤に染まっていた。
少しでも力を抜けば、腸が押し出されてしまう。
「リヤ…..もう、いい」
「だから喋るな」
喀血するキーツに言った私の声には、もう力が入らなかった。
——時間は数日前に遡る。
「ボクはね、ここを抜けられたら田舎に帰ろうと思います」
「お前、朝から何のフラグ立ててるんだ」
「リヤもどう?」
「ばっ、バカ言え。死亡フラグに巻き込むな」
私はキーツのケツに一発、キツイ蹴りを見舞った。
「それよりもキーツ。今度の任務はガチでヤバいぞ」
「どの任務もボクにはガチでヤバいですよ」
笑ってうそぶくキーツに「そういうことじゃない。パスしてもいいって話だ」と真顔で言った。
キーツはその顔から笑みを消すと「なら、尚更ひとりでは行かせない」と低く言った。
「上にはベテランを付けるように言うさ」
思わずはぐらかすように逃げた私の手首を、キーツが強く掴んだ。
「ボクじゃダメか」
不意に腕を引かれた拍子にバランスを崩した。
キーツの胸に顔をぶつけた。
頼りなく薄い胸板。
全くドキドキしない、ときめかない!
私はキーツの頬に平手打ちを食らわすと「足引っ張ったら、敵より先にお前をぶち殺す」と言って立ち去った。
頬を擦ったかぶつけたようだった。
触れると少し熱かったのは、多分気のせいだ。
今度の任務にキーツは不適格だ。
ダッチやルーバーの様なゴリラが相棒に欲しい。
素手で殺れる人間が——
『要求は認められない』
再三の稟議は否認された。
音声だけの通知に深く頭を下げた。
向こうはカメラで私を見ている。
せいぜいつむじでも見ていればいい。
私の口角は上がっていた。
「キーツ、決行は三日後の未明だ。一般のビルだ、可能な限り銃は使うな」
「了解です」
キーツはそう言うと、腰のナイフに触れた。
「基本は隠密だ。慣れない武器には頼るなよ」
「隠れて逃げ回る方が得意ですよ」
そう軽口を叩くキーツに不安を覚えた。
中途半端に慣れた頃に、死神は傍らに立つ。
そんな連中を大勢見てきたし、私もその頃に死にかけた。
「じゃ、キーツはもう帰れ。私はこのまま通常業務だ」
「はい、では三日後に」
背中にキーツの声を聞きながらドアを閉めた。
ブリーフィングルームからいつもの監視室に戻った。
やはりここは落ち着く。
クラクラするまでマルボロの煙を吸い込んでも、なんの心配も無い。
先日はイカれ野郎に侵入されたがアレは例外だ。
口を丸く開いて頬を指先で弾いてみた。
丸いドーナツみたいな煙がひとつ。
初めて出来た!
慌てて二度目を弾いてみたが、も出てくることは無かった。
「コウ……」
工藤康平の名を、数年ぶりに口にしていた。
煙の輪は、もう既に崩れて消えてしまっていた。




