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Nocturne -夜想曲-  作者: 浅見カフカ


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第二十四話 ジョン・キーツ

「ホントに普通のビルですね」

六階建ての雑居ビルを見上げて、キーツは言った。

「普通の中に紛れるのが一番いいんだよ、効率が」

「リアも街に紛れたら普通ですもんね」

「ふざけんなよ、飛び抜けて美人だ」

私はキーツの脇腹に拳をねじ込んだ。

「わわわ、ダメですって」

「この程度でダメなら作戦は失敗だな」

いつものようにそんな軽口からビルに入った。

「これ、どうやるんです?」キーツがワックスをかける機械の使い方を、小声で聞いてきた。

今回はビル清掃員を装っての侵入だった。

「ああ、絶対に押すなよ」

「押せって意味ですか」

ニヤつくキーツに、嫌な足音を聞いた気がした。連中はいつだって背後で鎌を構えている。


「エレベーター、四階で折り返しにしたよ」

「ビルメンの札も出しとけよ」

あとは階段もここで封鎖すれば舞台は整う。

「リア、出来たよ」

「OK、始めよう」

私達はごく普通に作業を始めた。

掃除から始めて、ワックス掛けの機械を使っての、古い塗膜の剥離作業。どこから見ても疑いようがなかった。

「次は清掃員で食っていくか」

そんな軽口がこぼれた頃だった。

「おいおい、嘘だろ」

階段の方からわざとらしい大きな声がした。明らかに私たちに気づかせようとする声だ。

丸顔の中年男が、立ち入り禁止の黄色い看板の上から、こちらの様子を窺っていた。

「すみませーん」

そう言って私が駆け寄ると「聞いてないぞ、こんなの」と男はわめき出した。女には怒鳴ればいいと思っているタイプ。こいつが今回のターゲットの山内だ。

「二十時からの作業通知、先週には回って......ないようですね。こちらの不手際でした」私が頭を下げると「不手際ならなんとかしろ!」と分かりやすく激昂した。

「お時間、十五分ほどいただけませんか?その間に部分的ですが通れるようにします」そう言ったタイミングで、キーツが機械を引きならがら、後ろ歩きで近くまで来た。

「野島くん、十五分以内でひとり通れるようにして」

「マジで言ってんすか」キーツはそう言って山内の顔を見ると「十分ください」と言った。

「すみません、開通次第呼びに行きます。どちらのオフィスになりますか?」

「六階の大東亜貿易。フロア全部ウチだから来れば分かるよ」そう言ってブツブツと文句を言いながら上階へと戻って行った。

私はそれを引き止めて「残っている人が居れば一緒に降りてください」と言うと「俺だけだ」と吐き捨てるように言われた。

「アレですね」

「ひとりだってよ」キーツの囁きにそう答えたあと「十分後、状況を開始する」と言って時計を合わせた。

「アナログですよね」

「電波時計は意図的に遅延も妨害も出来るからな。水晶の振動が、我々には必要なんだよ」


キーツが上階に向かった。

私は五階のフロアで逃走経路封鎖している。階段もエレベーターも見える位置に構えた。

「大東亜貿易さぁん」

キーツが間の抜けた大声で呼び掛けながら歩く。あとは二発の銃声を待てばいい。自ら出て来たところをパンパンと。

人間は意外と死なない。たとえ一発目が急所でも、二発目を撃ち込むのは必須だった。

ドンと銃声が響いた。

瞬間、私は駆けた。

ショットガンの銃声——

キーツのグロックの銃声は聞こえなかった。

つまり、反撃の能力を失っている可能性が高かった。

階段を上る足が滑った。

手を付いて見上げると、血が上階から滴り落ちて、血溜まりとなっていた。

「クソかよ」

私はそこから段を飛ばして駆け上がると、壁にもたれて立つキーツを見つけた。

キーツは腹から下を真っ赤に染めながら、私を見るなり奥を指で差した。

その指の先には、図面に無い屋上へ逃げる山内の姿があった。

「クソ情報部が」

私はそう呪詛のように吐き捨てると、手榴弾のピンを抜いて思い切り投げつけた。

ドアクローザーが閉まりきる前に、鉄扉の向こうへ転がったMk3手榴弾が破裂した。

Mk3での鉄扉破壊は不可能だが、変形さえしてくれればいい。

あれはこちらからは開けられないオートロックだ。

そこさえ無効に出来れば。

ドアノブを回すと抵抗なく開いた。

成功だ。あわよくばその向こうに山内が倒れていれば任務完了だったが、そうはいかなかった。

そのまま階段を駆け上がると、閃光が見えた。咄嗟に飛んだ私のすぐ横で、外壁のコンクリートが爆ぜた。

(ベネリM3......嘘だろ、M4!)

「そういうことか」

私は足を止めずに、無数の室外機が並ぶ通路の陰に飛び込んだ。

今回のミッションは私とキーツの排除だ。

本社は私たちを殺しに来ている。

そしてあのショットガンは米軍の制式採用品だ。M3ならSATで使用する以前に、民間での使用実績もあった。あれはその辺の暴力団チンピラに用意出来るものじゃない。

「工藤康平——」

私は本社のどこかで、別の名を名乗る男の存在を確信した。

そして我々の上には少なくとも公安と、それを動かす海外の何かがいる事も悟った。

「どうしましたか?ワックスは掛け終わりましたか?」さっきまでの怒鳴りつける中年男の演技は飽きたらしい。これがこの男の素か。煽るような嫌味な声だ。

きっとコイツにはカメラとマイクがあるだろう。迂闊な事は言えない。あくまでもコイツは武装した山内だ。

私たちにも今後の予定はある。

本社の正体は知らないふりが賢明だ。

「お前のために終わらせたんだ。さっさと出てけよ」

「ウチは赤いワックス掛けをお願いしてんですよ」

ドンと低い音が鳴る度に、甲高い音とともに室外機が砕け散った。

「っざっけんなよ。対人ならバックショット使えよ」

「さっきの人には使いましたよ」

また室外機が吹き飛んだ。

「なんで私にはスラッグ弾なんだよ」

「あなた、凶暴そうですもの」

「乙女に向かって傷付くわね」と言うとMk3を宙へ放った。

同時に室外機を蹴り上げて高く飛んだ。

「バカか、鴨撃ちだ」

そう口が動くのが見えた。

銃身の延長線上に私の姿を捉えた山内は、躊躇うどころか口元を歪ませた。私もガバメントを構えて山内に向けた。

ベネリの銃口が光ると同時に、ドンと爆音が鳴った。

私はパンパンと二回引き金を引くと、床に受け身を取った。

「汚ぇ花火を特等席で見てきたぜ」

「Mk3の爆風を使って空中で体勢を変えるって、イカれてますね」

「お前ほどじゃねぇよ」

喘ぐように喋りながら、それでも山内は楽しそうに口元を歪ませていた。

「気づいて撃ったでしょう」

山内はネクタイに残ったタイピンの欠片に触れて言った。

「それでもお前は喋らないだろ」

配線が見えるネクタイピンは予想通り、カメラとマイクだった。

「ひとつだけ——」

山内は楽しげな表情を浮かべて「機械のコードは肩に掛けて使うんですよ」と言った。

一瞬、何を言っているのか分からなかったが「相棒には言っておくよ」と言うと満足気に頷いて呼吸を止めた。

「さて、コイツも同じかもしれないな」

私は山内の眉間に一発撃ち込んだ。

少し遅れて、ズボンの股間が濡れるのが見えた。

「任務完了だ。キーツが撃たれた。状況は深刻だ」私はスマホの向こうにそう言うと、キーツの元に走った。


「大丈夫だ、キーツ」

「いいから喋るな」

「この程度ならお前は助かる」

私は思いつく限りの言葉を掛けていた。両手はキーツの腹を押し続けて真っ赤に染まっていた。

少しでも力を抜けば、腸が押し出されてしまう。

「リヤ.....もう、いい」

「だから喋るな」

喀血するキーツに言った私の声には、もう力が入らなかった。


ようやく到着した救護チームはそのまま引き上げ、山内の処理にきたハウスキーパーがキーツの元に来た。

「待てよ、治療出来るだろ。なんとかしてくれよ!」救護チームの背中にそう叫んだが、連中は振り向くこと無く去って行った。

全員が仮面を着け、ボイスチェンジャーを使うハウスキーパーは、粛清部隊も兼ねているとの噂だった。

「どけ、お前も処理の対象になるぞ」

機械を通した声は山内よりも冷たいものだった。


応急のメイクを受けた私は、そのままビルの外に出された。

見上げたビルは、周りと比べると見劣りのする小さなものだった。

「ジョン・キーツ。詩人とは暫くお別れだな、喜一」

私はマルボロの煙をくゆらせた。






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