第二十一話 来客
「鬼堂、見たか?」
「僕は伏せていたので」
「だよなぁ」
私は、肺の隅々にまで行き渡らせた煙を吐き出して言った。
監視室のモニターは平常運転、異常なしだ。
傍らに置いた松葉杖さえ無ければ。
「フロア巡回の時間だ」
「いいよ、リヤ。僕が行く」
キーツはそう言って私を制すと、あっという間に行ってしまった。
(まぁ、礼は戻って来たら言うか)
そう思ってすぐにドアが開いた。
「なんだキーツ、忘れ物か?」
そう言った私の鼻を、血と硝煙の臭いがかすめた。
身を翻して銃を突きつけたいところだったが、生憎それを傷口が許さなかった。
「キーツはどうした?」
「大丈夫ですよ。私は彼のファンですから」
鬼堂の声だ、間違いない。
「モニターはダミー映像を流してあるので、お望みなら今夜はこのまま異常なしでも良いですよ」
「うるせぇよ、戻せ。今クビになったらと思うと寒気がする」
「そうですか、では帰ったら解除しましょう」
鬼堂の声はこころなし残念そうだった。
「何しに来たんだ」
「革命家という生き物は、負けず嫌いなんですよ」
鬼堂はそう言うと、私の隣に腰を下ろした。
さっきまでキーツが座っていた場所だ。
「おもしれぇな、お前」
「太ももを撃ち抜いた相手に、そんなことを言われるとは思いませんでした」
「で、用件は?」
「我々、夜明けの光への誤解を解いておこうかと」
「ボリシェヴィキが、同志鬼堂とか言って気持ち良くなる気持ち悪い連中だろ」
「以前は——ね」
私の煽りに鬼堂はそう言って、小さく息を吐くように笑った。
「リヤさんがこの場所に来たのも、緋那さんが殺されたのも"たまたま"ではなかったらどうします?」
鬼堂の口元から笑みが消えた。
耳元で空気がキンと音を立て、肌が粟立つ。
私は腕を撫で付けながら「私は私の選択の結果のツケで、ここに居るだけだ」と睨みつけた。
「それが仕組まれたものだったら?と言っているのですよ」
鬼堂はそう言うと私のマルボロを手に取った。
「やらねぇよ」
「この銘柄は貴女の意思ですか?喫煙者になったのも貴女の意思ですか?」
「当たり前だろ」
「工藤康平はどんな男でしたか?」
「!?」
反射的に身を捩って、鬼堂の胸ぐらを掴んだ。
「っ痛」
太ももに走る激痛に顔を歪めた。
「大丈夫ですか?」
「お前が撃ったんだろ」
「ああ、そうでしたね。ところで工藤康平ですよ」
鬼堂はそう言うと懐から一枚の写真を取り出した。
「彼ではありませんか?」
隠し撮りらしいその写真に、上京したての安アパートを思い出した
陽に焼けた畳と湿気った襖の匂い。
そして工藤のコロンの香り。
あの頃より大人びて見えるのは、過ぎた年月よりも、落ち着いた色のスーツのせいだろうか。
少しだけ、胸の奥に熱を感じた。
「その男はJCIAの斉藤です。いや、坂本、吉田......工藤だったかな」
「何言ってんだ」
「もう理解しているでしょ」
康平は自称スロプロで、定職も持たず、ふらっと家を空けては遠くの街で開店狙いをしてるクソ男だった。
そして吐き出す煙で輪を作るのが上手かった。
「突然いなくなっていたのは何かの任務か」
「洗脳とは言いませんが、少なからず男の嗜好や思考に染まるものですよ。ただ、斉藤はそれを意図的に刷り込んだのですが」
「緋那さんはキーツを引き込む為か」
鬼堂は意外にも首を振った。
「喜一さんは偶然です。彼女は道具に選ばれたんですよ。この国は——全ての国家は体制を維持する為には手段選びません」
「クソかよ」
「そうですね、貴女の言葉を借りればクソですね」
鬼堂はそう言うと「そろそろお暇します」と立ち上がった。
そして「同志になれとは言いませんが、本当の敵は誰か——間違えるべきではありません」と言い残すと去って行った。
しばらくして、モニターにノイズが走った。
きっと、どこかから出て行ったのだろう。
背中でドアノブが回る音がした。
緋那の事は、しばらくは黙っていようと思った。




