第十九話 詩篇
「気に入って貰えて何よりだよ」
男は従えた左翼メンバーを監禁部屋に入れると、私たちを制圧した。
制圧と言っても現状は抵抗出来ない私と、銃口を向けられているキーツと代議士という状況だ。
男は私の血が膝下まで染み込んできたジーンズに、人差し指を這わせた。
指の腹に血が滴るほどに濡れていた。
「気色悪いな、オマエ」
いくら触れられても感覚はもう無いが、悪口は言っておきたかった。
「鬼堂です」
鬼堂は血のついた指先を自分の唇に当てて、ルージュをひくように滑らせた。
私の血で、ぬらぬらと艶めいた唇をゆっくりと開いた。
人差し指は口の端に留めたまま。
「成功の寸前に奪うのって、楽しいよね」
そして人差し指を折ると、ゆっくりと中指を立てて見せた。
「あのライダーか」
「また会えて嬉しいよ、すぐにお別れだがね」
そう言うと、私の眉間に銃口を向けた。
「じょ、情報とか尋問しないのかよ」
後ろでキーツが上擦った声で言った。
「ああ、キミは運転が上手だったねぇ」
鬼堂は視線をわずかにキーツに向けるとそう言った。
隙が無い視線の移動だった。
「残念だけど情報は要らないんだよ。そちらの組織は有名だからね。むしろキミ達の方が知らないんじゃないのかい?」
「どういうことだよ」
キーツの声に動揺が見えた。
(お前が揺さぶられてどうする)
私は心の中でため息をついた。
銃口は相変わらず、ライフルマークが見える距離に置かれていた。
「まぁ使い捨てさ、キミらは」
神が身体を休めた七日目も
私たちは働いた
草木すら眠る夜も
灼熱の太陽が照らす日も
雨と風が荒れ狂う中も
空気さえも凍る日も
熱に浮かされた幼子が
私たちの名を呼ぼうとも
ひと欠片のパンの為に
僅かな水と塩の為に
「キーツ、どうしたんだ」
Botのように呟く様子に驚いて振り向いた。
鬼堂もキーツを見詰めていた。
見よ我々の作りし富を
その全ては富める者を癒し富ませ
我らの手に残ることはない
使い捨てられる者たちよ
そのパンは
その水は
その塩は
お前の命の対価に等しいものか
鬼堂がキーツから視線をそらさず、キーツの言葉のあとを継いだ。
「なんか、有名な歌詞?聖書?」
「無名な詩人が」
「奪われた僕が」
「下北の路上で売っていた詩篇だ」
途中から二人の言葉が重なった。
「とんでもないご縁だ」
鬼堂はそう言うと「一緒にいた女性はお元気ですか?」と尋ねた。
「殺されたよ」
キーツは静かに答えた。
「釣りを断った私の手に、無理矢理ねじ込んで返してくれましたよ」
キーツの頬が緩んだ。
「緋那らしいね」
「あの詩は私が闘争を始める理由となった。キミは何故ここに居る」
「堕ちただけだよ。あの頃はあの場所が底だと思っていた」
「ならば同志になれ」
「それはお断りするよ。僕は革命家じゃない」
「体制の犬になるのか」
キーツはその問に答えなかった。
鬼堂の目に失望の色が宿った。
私は鼠径部の動脈を圧迫していた、スタングレネードのピンを抜いた。
傷口から血が一気に溢れた。
抜いたピンをこれみよがしに、鬼堂の前に捨てた。
「キーツ!」
キーツは代議士の頭に覆いかぶさった。
私もうつ伏せで耳を塞いだが、この至近距離での威力は想像することは出来なかった。




