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インサイドの警備隊の足音が格納庫内に鳴り響くのに困り果てて、ヴァレリーは肩をすくめた。メインモニタからは光が消えている。あるのは頼りない、非常灯の黄色い光だけだ。格納庫にさえたどり着ければなんとかなると思っていた自分の甘さを痛感した。行きついた場所も決して、天国のように心安らかでいられる場所ではない。
「完全におたずね者だなぁ」
安全ベルトを外してファウストから降りようとしたヴァレリーに、脱出ポットから身を乗り出したワルターがヘルメットを投げた。先ほどまでヴァレリーが使っていたヘルメットは、今すぐ消臭剤をかけたくなるほど汗の臭いが染み込んでいる。コックピットの低い天井すれすれに飛んできたヘルメットを、ヴァレリーはキャッチした。
「かぶれ」
一歩外に出たなら、武装した警備隊に取り囲まれるだろう。笑うしかないヴァレリーと比べると、赤い髪のシステムには随分と余裕がある。無言で従うと、ワルターの瞳が金色に変わった。ファウストの扉がわずかに開いて止まる。即座に銃弾が強化ガラスに撃ち込まれた。
「うわっ、こりゃあ姿を見せた瞬間、蜂の巣にされるね」
「表に顔を出さなくても、跳弾でやられるかも」
物騒なことを言ったシステムに「縁起でもない。やめてよ」とぼやいた瞬間、外界が強烈な白色に染まった。バーチャル・アウトサイドの強い日差しを思い出す光に目を細めた。ヘルメットに遮光のための色が入っていなかったら、しばらく目がちかちかしたに違いない。
「なに、今の……」
ファウストのエンジンと電源を切った今、直接顔を出す以外に外界を確かめる術はない。先ほどの銃弾の雨霰を思い出して躊躇する。猪突猛進のヴァレリーでも、さすがにそこまで無謀にはなれない。無謀な兵は早死にするものだ。用心深く、けれども瞬時に現状認識できる能力が戦場での生死を分ける。
《二番・三番格納庫に配備された警備隊に告ぐ。先ほどの一撃は威嚇射撃である。今すぐ武器を捨てなければ、格納庫内でROPによる攻撃を再開する》
格納庫中に響き渡った音声はワルターのもので、ヴァレリーは大いに顔をしかめた。白い閃光の正体はROPのエネルギー弾だったらしい。
「ワルター……人間相手にぶっぱなしたの?」
「威嚇射撃だよ。二番格納庫と三番格納庫の間にある壁にぶつけた」
威嚇ついでに今ヴァレリーたちのいる三番格納庫と白河のいる二番格納庫を繋げてしまったのだろう。なるほど、ロボットは合理的だ。文句を言う気が萎えて、ヴァレリーは苦い笑みを浮かべた。
ワルターがひょいと無防備に外へ顔を出す。銃弾は一切飛んで来なかった。完全に膠着状態になっているらしい。手招きに従ってヘルメットをかぶったヴァレリーが顔を出すと、警備隊の銃口が軒並みこちらを向いていた。
「……壮観ね」
その間もROPはくるくると宙で回転している。インサイドの警備隊にとって、ROPは戦闘機に備え付けられた武器でしかなかった。それを自由に操ることのできるロボットがいるとは予想もしていないから、どう攻撃していいかわからない。実用化されたばかりの新兵器にどんな隠し玉があるかも警備兵にはわからないから、余計な手出しもできない。
銃口を向けられた状態で、ワルターがヴァレリーを横抱きにした。
「え、ちょっと」
「一人で飛び降りる? 足の骨が折れるかもよ」
歓迎しない客に階段を出す者はいない。そうなると赤い髪の偵察機に大人しく従うよりない。二人の動きにあわせて警備隊の銃口がカチャッと音を立てる。瞬時にROPが音のした方へ向いて、にらみ合いがつづく。
本当に抱き上げるのかと視線でたずねると、淡々とうなずかれる。相手が特別に意識していなさそうなのが救いだ。あきらめてワルターの肩につかまると、「手、首に」と短く返ってきた。バランスの問題だろう。首に腕を絡めると密着度がますます上がって、ヴァレリーは小さく戸惑った。
「あのさ、ワルター、こういうことは……」
「君はロボットと恋ができるの? 意識せずにこういう乗り物なんだと思えばいい。らしくない」
気にするなと言われても、ワルター・ミュラーは人間と見まごうほど精密なロボットだ。アウトサイドへ偵察機として侵入し、人間に紛れて生活していたほどだ。そうして彼にはフェシスや伊庭祥子と同じように《ココロ》がある。その事実がヴァレリーをためらわせた。
「肩に担いでくれればいいのに」
「担ぐと銃弾から、かばえない。君は銃弾が当たると死ぬ。俺は死なない。盾になるにはこの態勢の方が楽。単純なことだ。それとも、白河海にこうしてもらいたかった?」
「馬鹿じゃないの。あいつにまともな筋力なんてあるわけないじゃない」
横抱きにされていなければ確実に鉄拳の一発はお見舞いしている。眼鏡をかけた横顔が呆れながらも小さく笑っているのを見て、ヴァレリーはそれがワルターなりの気遣いであることを知った。一度怒りを経たおかげで、今度はさほど抵抗なく抱きつくことができた。赤髪のロボットがファウストの上から飛び降りて着地する。相変わらず見事な身のこなしだった。
二人の着地と共に警備隊が照準を合わせ直す。ROPが威嚇するように、宙を滑ってやってくる。ROPの動作を確認したワルターが迷いなく進む。横抱きにされたままのヴァレリーにとっては居心地が悪い。非難がましい視線を送った。
「下ろしてよ」
「さっきも言ったけど、この方がかばいやすい。合理的だ」
言い合う二人に隙ができたと見て、インサイドの警備兵が銃の引き金に指をかける。即座にROPが警備兵に向き直り、白い閃光を放った。断末魔の悲鳴に思わず顔を背けて、ワルターの肩口にヘルメットの額を押し当てた。光と悲鳴が消えてから、おそるおそる警備兵に目をやると、真っ黒に焦げた人間が床に倒れている。戦闘機を使った戦いでは直接死体を見ることはないが、ヴァレリーとて軍人の端くれだ。一般人より死体は見慣れている。それでもつんと鼻をつく嫌な臭いに、胸焼けがした。
「平気?」
ヘルメットで遮断されているのに、と唇を噛む。直接嗅ぐよりもずっとマシなはずなのに、すぐに大丈夫とは答えられない。かといって大丈夫でないと言うのは甘えすぎのように思えて、ヴァレリーはうまく答えられなかった。
当のワルターは返事がないのが答えだと受け取ったらしい。そのまま黙々と第二格納庫へ向かう。ROPのエネルギー弾で開いた大穴の向こうは、今二人がいる第三格納庫ほどには騒がしくなかった。
完全に背を向けたワルターに、インサイド警備隊が攻撃をはじめる。抱き上げられたままのヴァレリーが殺気に気付いて声をかけようとすると、人と見まごうほど精密なロボットは金色の目をわずかに細くした。あわてる様子もなく、淡々と物陰に滑り込んで様子をうかがうのと同時に、ROPが上空へやってくる。ようやく横抱きから解放されたヴァレリーは片膝を立てて、腰のホルスターから拳銃を取り出した。物陰からわずかに顔を出してみる。インサイドの警備隊に、かつて隼のファンだと語った整備班の中年男が混ざっているのが見えた。
「ちょっと……あれ、リュウさんじゃない?」
「ああ、リュウ・ファーだね。ヴァーチャル・アウトサイドへ潜入していた人物だ。間違いない」
「やだな……戦いづらいよ」
やらなくてはやられる。そんなことは戦場に身を置く以上わかりきったことだ。それでもヴァレリーは躊躇した。相手が戦闘員ならばまだ割り切れる。けれども非戦闘員となると、やりづらくて仕方がない。
「なら、俺が撃とうか」
「やめてよ。私のことを覚えてて、見逃してくれるとか、してくれたらいいのに」
「ヴァーチャル・アウトサイドでのことは覚えてないよ。記憶操作されているから」
ボーダー要塞を出発したときに握手した感触が、まだ手のひらに残っている。同じ手で彼の命を狙う拳銃を構えるのだと思うと気が滅入った。もう一度様子をうかがう。ヴァレリーのことなどまるっきり忘れているように見えて、さらに気が滅入った。
ワルターにぐいと押しのけられてため息を飲み込んだ。軽快な音とともに、ヴァレリーのすぐ横の壁に小さく砕けた散弾がめり込む。物陰のコンクリートがわずかに崩れ落ち、合板製の壁から細かな接続部品が転がり落ちた。
「ありがと」
かばってもらった礼を言って再度体勢を整えようとしたところで、ワルターの肩口に穴が開いているのに気付いた。中から金属製のパーツが見えている。自分のせいだと、ヴァレリーは目を伏せた。
「痛い?」
「心配ない。僕はロボットだから、人間用の銃で撃たれても表面の人工皮膚が破れるだけだ」
それでも負傷には違いない。敵を眼前にして躊躇した自分を内心叱り飛ばして、ヴァレリーは再度銃を握りしめた。ROPがあるとはいえ、エネルギーが無尽蔵という訳ではない。戦場でのんびりしている余裕はないはずだ。弾倉を開いて確認する。全弾命中させたとしても、敵の数には到底足りない。これからの計画を相談しようとした瞬間、ワルターが呟いた。
「ROPに侵入者あり。白河海だ」
呟きの直後、上空に浮かんでいた二基のROPの間に光の帯ができた。目玉にも似た攻撃拠点はそのまま物陰の前に降りると静止する。初めて見る新型兵器の動きに、インサイドの警備隊もぎょっとしている。光の帯はこわごわと撃たれたマシンガンの弾丸を焼ききって、奥にいる二人を守った。
「バリアってのは基本的に攻撃手段と同じ仕組でできてんだ。攻撃と同等、もしくはそれを上回るパワーをぶつけて無効化する仕組みだから。問題は、内側にいる人間に影響が及ぶかもしれないってこと。だからバリアの形を球体で完全に覆う形ではなく、壁型にして、一方が出力を、もう一方が入力……というか吸収する形に改造してみたんだけど。……どう?」
通信でも聞いた懐かしい声に顔を上げる。薄い肩にひっかけた白衣が揺れた。
「うん、元気そうだな。よかった」
「白河」
バリアに守られて悠々と第三格納庫へやってきた友人に飛びつく。物陰へ引きずり込むと、ヘルメットがごつんとぶつかった。無事再会できたのがうれしくて、よろけた白河の背中を力強く叩いた。そのたびに科学者は顔をしかめて大袈裟に身体をひねって痛がる。
「ちょっと、そんなに強く叩いてないって。普通だってこれ」
「お前の普通はオレにとって十分強いんだって。もっと優しく扱ってくれなきゃ、骨が折れる」
ヘルメットの中で乾いた唇をとがらせたヴァレリーに返ってきた答えは、どこか懐かしいふざけたものだった。白河空がインストールされていることを聞いたときはさすがにショックを受けたようだったが、無事に立ち直ったようだ。ほっと胸をなでおろす。喜びを全身で表現すべく抱きつくと、後ろで小さな舌打ちが聞こえた。振り向くと、不機嫌の絶頂といった様子のワルターがいる。
「白河海は余計なことをするな。新技術を開発するたびにリミッター解除が近付くんだぞ」
白河がひょいと指を差して、これが件の相方かと視線でたずねる。ヴァレリーがうなずくと、白衣の男はにやりと笑ってヴァレリーの肩に腕を回してみせた。
「お姫様、騎士が妬いてるよ」
もう一度、今度は盛大な舌打ちが聞こえた。ヴァレリーは白河の腕から逃れながら、ワルターに視線で次にすべきことを問いかける。今はバリアがインサイド警備隊の攻撃を防いでいるが、エネルギー切れでバリアの効果がなくなれば、銃弾が雨霰と降り注ぐ。考えただけでぞっとする。
ワルターは目を逸らしたまま「二番格納庫の警備隊は?」と事務的に訊いた。これまで聞いたことがないほど冷たくとげとげしい声に、思わず首をすくめた。それでも場の空気を読まず、白河は茶化すのをやめない。
「この子ったら平静を装ってるよ。かわいいね、もっといじめたくなっちゃう」
殺意にまみれた視線がけらけらと笑いつづける友人に突き刺さるが、白河海は殺気を感じ取ることができない。ヴァレリーが見かねて間に入ろうとした瞬間、二番格納庫からもう一つ、場違いな笑い声が聞こえた。
「あはは、気持ち悪いよ、海くん」
高出力のエネルギー弾で溶けた格納庫の壁から、ひょいと禿げ上がった頭が現れた。ヴァレリーは瞬時にハゲタカという名前を思い出したが、心の中でひそかにつけたあだ名で呼ぶわけにはいかない。こめかみに拳を打ち付け、片目をつぶって必死に本名を思い出そうとするが、出てくるのは頭の様子ばかりだ。どうにも名前が出てこない。
「ワルターくんっていうのは君かな。僕の本体から海くんを助けるように命令があってね、二番格納庫は僕が片付けておいたよ。催涙弾使ったあとにマシンガンで一斉掃射。簡単でしょう。今から同じことをこっちでしようと思うんだけどいいかな。いいよね? ……それにしても隼のお嬢ちゃんさあ、僕はあんなに頭の具合より名前を覚えておいてくれっていったのに覚えてくれてなかったんだね。まったくひどいなぁ」
「主任……特務課の」
「そう、アーネスト・テイラー。今度こそ、ちゃんと名前を覚えておいてね」
笑い声とともにハゲタカがガスマスクを装着する。ヴァレリーは元々ヘルメットをかぶっているし、ワルターはロボットだから催涙弾の効果がない。白河海がヘルメットを装着し終えたのを見計らって、ハゲタカは催涙弾のピンを抜いた。助っ人はおどけながらも着々と準備を進めていく。ヴァレリーと白河が身構える間もなく、催涙弾はROPのバリアの向こう側へと放り投げられた。
からんという催涙弾が着地した音と共に、一斉に煙が噴き出した。警備隊が咳き込みはじめる。ワルターとテイラー主任がROPのバリアの前に飛び出す。ヴァレリーは思わず目をつぶった。
自分の選択によって失われる物もある。そんなことを痛感して、ヴァレリーはハゲタカのうしろ姿を見つめる。リュウ・ファーのことを思うと胸が痛んだ。
陽気な助っ人は二丁のサブマシンガンを両脇に構え、いとも簡単に引き金を引く。弾丸の発射される軽快な音がしばらくつづいた。
「なにすんねん! 離せやボケ!」
すぐそばで聞こえた声に驚いて顔を上げる。物陰の内側でリュウ・ファーを羽交い絞めにしていたワルターと目が合った。目をみはったヴァレリーとは対照的に、視線をそらしたロボットは「レイリーと同じ顔で悲しい顔するな」と口の中でぼそぼそと言った。
その隣で白河がひゅうと口笛を吹いてみせた。




