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3-7

「ボーダー要塞確認」


 荒野と空ばかり映していた中央画面の端に、円柱型の建物の群れが見えた。今や敵地となった懐かしいボーダー要塞がじわじわと近付いてくる。かつては訓練と称して要塞のまわりをよく空中散歩したものだ。


 ヴァレリーは眼下に広がる景色を、操縦桿を握りながら見つめた。アンテナのついた大きな塔が一本。そのまわりを取り囲むように小ぶりの塔が六本配置されている。


 以前、似た形の遺跡を見たことがあることをヴァレリーは思い出した。アウトサイドにあった遺跡は二十三世紀に崩れて少し形が変わったが、映像ならば見たことがある。


「なんかに似てるのよね。ほら、確かイギリス地区の。なんだっけ?」

「ストーンヘンジ?」

「そうそれ」

「俺は衛星の軌道説明図を見ている気分になる。連絡通路が軌道みたいだから」


 連絡通路で繋がった各塔をそう表現したワルターが「ボーダー要塞管制室より通信受信。適当に返事しておく」とつづけたので、ヴァレリーは黙った。


 ボーダー要塞を構成する七つの塔は皆、屋上に迎撃システムを持っている。大きな一つの塔に主砲、他の六つは補助だ。六つの砲門の命中精度はそれほど高くないが、360度可動式だ。同時攻撃をしかけられれば逃げようがない。何より厄介なのが、六つの砲台が主砲を撃つための時間稼ぎであるということだろう。通信ランプが消えたのを確認してから、ヴァレリーは口を開いた。


「迎撃システムは作動してる?」


 六本の塔のてっぺんを注視するが、迎撃システムが作動している気配はない。


「今のところ、さっきのファウスト03Aに偽装できてる。幸いROPもついてるしね。でもここはもうインサイドだ。いつメイジスが介入してきてもおかしくない」

「てことは、上空からの接近は避けた方がいい?」

「下だとかつてのお仲間が飛んで来るんじゃないの?」


 インサイドの国防組織は決して無能ではない。基地の弱点はしっかりと把握しているだろう。前線基地ともなればなおのことだ。


 ヴァレリーはヘルメットの中で乾ききった唇をなめた。


「下で行こう。人間相手に戦う方がマシだわ」


 機械は命令が下りてから実行されるまでにかかる時間が短い。七つの砲台がメイジスによって急に動き出す可能性がある以上、下を通った方がいい。人間であれば命令を下しても、実際に行動に移すまでにいくらか時間がかかるはずだ。その間に格納庫に飛び込んでしまえば、後はなんとかなる。


「砲台なら、俺が制圧してもいいけど」

「それよりも格納庫の扉を開けてくれた方がうれしいな。足場も出してね」


 メイジスの干渉が入ることを危惧して、ワルターの提案を遠まわしに断った。ヴァレリーには甘やかされることへの危機感がある。機械は便利だ。けれども頼ることが習慣になってしまえば、自身の能力は衰えていく。そうでなくても身体は段々老化していくのだ。自分でできることはできるだけ自分でするようにしなくては、衰えるばかりだ。


 操縦桿を倒して高度を下げ、ペダルを踏む足の力を弱めていく。


「三番デッキへ着陸せよ、だって」


 ワルターが管制室からの通信を伝える。うしろに白河の乗った灰色のファウストがついてきていることを確認して、三番塔へと進路を変えた。青い機体を少しずつ傾ける。ファウストの両翼から飛行機雲が伸びていく。


「白河機は何番に?」

「六番デッキへの着陸要請が出てる」

「六番? 三番と真逆じゃない」


 正面モニタから視線を逸らさずに不満をもらしたヴァレリーに、ワルターが目を細めた。


「分断かもね」


 モニタの中の要塞が段々と大きさを増していく。建物の高さを知らせるための赤い光が妖しく明滅する。


「私と引き離して、白河だけ連れて行くつもり?」

「偽装が見破られてる可能性は高いね。もしそうなら、メイジスだと思う」

「新型機が負けたんじゃ外聞が悪いから、わざと騙されたフリしてるとか? こっちも油断させられるし、一石二鳥ってことか」


 通信枠の中に映ったワルターを横目でうかがうと、口元に拳を当てて思案している様子が見えた。四方八方に向けられたアンテナのような赤い髪と神経質そうな顔が相まって、一層話しかけづらくなる。


 ──ワルターなら打開策を考えてくれる。今は操縦に集中しよう。


 ヴァレリーは一度深呼吸をして、操縦桿を握りしめた。赤、緑、オレンジ、黄色……逆光防止の色のついたヘルメットに、ボーダー要塞の明かりが映りこんだ。


「メイジスに見破られてるなら、干渉を警戒するのはあまり意味がない。今から管制室に侵入して二番と三番のデッキを開けさせる。その間ROPの操作を頼む」

「勝ち目あるの?」

「ないよ。でもやるしかない」


 気負いもなければ熱気もない。淡々と答える声は無感情だが、焦って上ずった声で返事されるよりはいい。通信枠の中のワルターは既に焦げ茶色の瞳を金色に変えている。きっと侵入を開始したのだろう。


「白河にも応援頼めば?」


 一人で勝ち目がないならば、二人で挑めばいい。そう思って声をかけたのだが、ワルターは明らかに嫌な顔をした。


「あいつにこれ以上機械を触らせるな。リミッターが外れれば最悪の敵になる」


 ことはそれほど単純ではないらしい。ヴァレリーが大きくため息をつくと、ヘルメットの内側がほんの少し曇った。ヘルメットをかぶるときにまとめ損ねた髪が、汗で額にはりついていて気持ち悪かった。


「敵の前線基地でシステム本体と渡り合う……まさに孤立無援、四面楚歌ね。燃えるわ」

「弾切れも追加しといて」


 操縦桿を握るてのひらに汗がにじむ。親指でミサイル発射ボタンをなぞる。ボタンを押しても、もう何も出てこない。青いファウストに残された攻撃方法は二基のROPしかないが、これも残りエネルギーを意識して使わなくてはならない。


「うわぁ、絶望的な状況じゃん。ワルター、最期に言い残すことは?」

「内緒」

「あ、それじゃあ私も」


 小さく笑ったワルターにROPの操縦装置を渡される。ヴァレリーも同じように笑って受け取った。どうやら即席で作ったらしい。指にだけ装着するカバーのようだった。操縦装置は第二間接まですっぽりと覆う大きさのものが三つある。


「これは右手で操作すんの? プログラム組めなくなるね」

「そうかもね。右手の親指と中指と小指に装着して。中指が自機、親指と小指が左右それぞれのROPになってる。自動回避機能がついてるから、ROPが自機や障害物に激突することはない。自動操縦もできるから、プログラムを組まなきゃいけないときは使って」


 少しの間だけファウストを自動運転に切り替えて、ROPの操縦装置を指に装着した。重量はない。これなら指が重さで疲れることはなさそうだ。


 すぐに手動運転に戻してROPとファウストの操縦を同時にしてみる。右手の親指と小指を交差させると、モニタに左右のROPが交差する様子が映し出された。親指側は比較的動かしやすいが、小指側が難しい。左手で自機の操作、右手で二基の攻撃衛星を操作していると、ますますモニタから目が離せなくなる。同時に三つの画面に気を配るのは、かなりの集中力が必要だ。どれか一つを見続けてはいけないし、どれか一つを見逃してもいけない。


「ワルター、格納庫の方はどうなの?」

「芳しくない」


 表立って敵が出てくれば会話する余裕すらないだろう。今のうちに状況を知っておこうと声をかけたが、返って来たのは苦戦の報告だった。


「メイジスが防壁を展開してる。これさえなければ、すぐに……」


 言葉の途中でワルターの舌打ちが入る。


「また防壁が増えた」


 己の本体と対決しているのだ。さぞかし戦いにくかろう。


「ねえ、メイジスは中央管制室に指令を飛ばしてるの?」

「そうだよ」


 ヴァレリーはヘルメットの中で上唇をなぞった。これから提案することを考えるだけでぞくぞくして、期待と興奮に小さな胸が震えた。悪戯をしかけるときはいつも、そんな気分だ。


「じゃあ中央管制室をROPで直接攻撃したらどうなる?」


 あっけにとられたワルターが通信枠の中に映る。金色の瞳が丸く見開かれて、すぐに眉間にしわが寄った。


「……めちゃくちゃだな。効果的だけど」

「ありがと。最高の褒め言葉よ」


 左手の親指と小指を高く掲げると二基の攻撃衛星が上空へと向かう。迎撃システムか守備隊が動き出せば、無防備な青いファウストは逃げることしかできない。そうなればROPを呼び戻さなくてはならない。それは管制室への攻撃という、千載一遇の機会を逃すことでもある。補給のない状況で逃げるだけ逃げても、いずれは撃墜されるだろう。


「攻撃タイミング合わせろ。5、4」


 左右の画面に視線を走らせると、青白い空とそびえ立つ塔が見えた。中指で自機の位置を下へ移動させると、ROPがするすると中央塔の壁に沿って登っていく。


「3、2、開始」


 エネルギー弾の発射準備を整えた二基の攻撃衛星が、管制室へと攻撃をしかける。左右の液晶画面が真っ白になるほど高出力のエネルギー弾が放たれる。外壁がじわりと溶け出した。さすがに管制室の防壁はかたい。


「ボーダー要塞管制室へ侵入、第一、第二防壁オープン。二番、三番、六番ゲートに着陸可能」


 ワルターの報告と同時に、六本の塔の格納庫へ繋がる扉がすべて開いた。離着陸するための足場が飛び出して二機のファウストを待つ。


 灰色のファウストが二番と数字の書いてある扉へ向かったのを確認して、ヴァレリーも三番ゲートへ進行方向を修正する。エネルギー弾の連続放射をつづけていたROP二基を管制室から離して、ファウスト本体の近くに戻した。足元のペダルを踏み込んでゲートへ直進する。余分な時間はない。


「ファウスト00Aが四番、五番ゲートで発進準備中。来るぞ」

「大丈夫。間に合わせる。ファウストが滑り込んだら速攻で扉閉めて」

「了解」


 敵機がバルカン砲を使って攻撃しはじめた。誘導ミサイルを使ってこない守備隊に、ヴァレリーは唇だけで笑う。要塞の外壁を傷つけないためだろうが、これで攻撃手段はバルカン砲に限られる。当たる場所さえ気をつければ、三十発ほど食らってもなんとかなる。


「突っ切れ!」


 流れていく空気が肌をびりびりと震わせる。ROPの動きで敵を撹乱しながら着陸用の車輪を出す。ROP二基の残りエネルギーもあまり残っていないはずだ。三番ゲートの足場に降り立つ。荒っぽい着陸をしたせいか、若干の振動が発生する。腹に食い込んだベルトに顔をわずかにしかめて、ヴァレリーはペダルを踏んだ。


 下り立ったファウストはすぐにレールの上へ格納され、要塞の中に飲み込まれる。


「外壁閉鎖中。五秒後に完了予定」


 轟音をあげて扉が閉まる間際に、敵機のバルカン砲が撃ち込まれる。かわしたいところだが、空を翔る速度のまま、格納庫に入るわけにはいかない。暗闇に走るオレンジ色の誘導灯を目で追いながら速度を下げた。扉が完全に閉まって暗さがじわりと増していく。


「侵入成功。お疲れ」


 ファウスト内部で警告音と赤い光が暴れはじめる。何発か被弾したらしい。


 一瞬表情を曇らせたヴァレリーに、ワルターが右手を上げて構える。赤髪の青年の無感動な仮面の下から、隠し切れない喜びがにじんでいた。安堵したヴァレリーはコックピット内に鳴り響く警告音を無視してヘルメットを外し、ワルターの掲げた手のひらに軽くハイタッチした。ぎゅっと力をこめて、互いの健闘を称える。自然と二人の顔に笑みが浮かんだ。

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