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反転したROPはこれまで己を操っていたはずのファウスト03Aに向けて火を吹いた。まばゆい光が放出されて、一瞬視界が真っ白になる。
「なに……?」
絶句するヴァレリーの目の前で、ROP搭載のエネルギー弾がファウスト03Aの装甲を突き破る。まばゆい閃光が消え去ると、特殊金属の壁に大穴が開いていた。従来のエネルギー弾なら、じわじわと装甲が溶ける様子が見える。それすらも見えぬ一瞬の出来事に、ヴァレリーは冷や汗が背筋を伝うのを感じた。
「一機撃墜……敵部隊の殲滅完了」
左右のROPが手持ち無沙汰にくるくると回転する。あれほど強力な攻撃をしたとは思えない、愛嬌のある動きだった。
「これ、どうすんの?」
「使う?」
問いに問いで返されて、ヴァレリーは戸惑いながらもうなずいた。青いファウストに残弾はもうない。これからインサイドに向かおうとしている自分たちにとって、ROPは唯一の武器になる。物騒さはまさに折り紙つきで、ヴァレリーはおっかなびっくりといった様子でキーボードを操作する。ROPの接続、使用方法、攻撃方法の載ったマニュアルが読み取れた。
使いこなすのには相当な技術が必要だ。自機を操るのと同時にROPの操作もしなくてはならない。しかも左右で二つある。三つを同時に操縦するのは、隼でも骨が折れる。
絶句するヴァレリーの思考を打ち破るように、通信が入った。半ば上の空で通信を受ける。通信枠が開いて、懐かしい顔が映った。白河海だ。
「こちら、ヴァレリー・モーリス」
「やっぱり隼か! あんな荒っぽい操縦しやがって、お前からは機械に対する愛情ってもんがまるで感じられない!」
まくしたてる声に、ヴァレリーはヘルメットと耳の間に手のひらを入れてかわした。ただでさえ考えること、しなくてはならないことが多いというのに、耳元で叫ばれてはたまらない。いらだちをそのまま言葉にした。
「白河、命の恩人にむかってその口のきき方はないんじゃない? 私が助けに入らなかったら、あんたなんかとっくに撃墜されてたでしょ」
「助けてくれたことについては礼を言うよ。でもあんまりだ」
己の身を振り返って言葉に詰まる。確かに褒められた操縦ではない。開発設計課にいた白河海が苦々しく思うのも当然だ。
現場では何が起こるかわからない、その予測不可能な部分を補うのがパイロットだ。そうやって自分を納得させようとするけれども、愛機に無理をさせたことには違いない。
格上のS-1部隊を撃墜しても、傷ついたプライドは修復されなかった。
唇をつぐむヴァレリーの心情を見切ったように、ワルターが口を開く。
「機械をどう使うかは、人間に委ねられている。機械は修理すればいい。操縦者の人命を優先するのは当然だ」
いつもの淡々とした口調ではあるが、その言葉にはヴァレリーに対する労わりと、白河に対する棘が含まれている。
「そうよ。ワルターの言う通りだわ。私の命とファウスト、どっちが大事なの? S-1部隊相手に勝てた方が奇跡なんだから!」
今度は白河が言葉に詰まった。うしろでワルターがぼそりと「人命最優先」と即答する。偵察体の小さな自己主張が愛らしくて、ヴァレリーは笑った。
「ファウストが落とされたら、パイロットのお前だって無事じゃ済まないだろうが。戦闘機とパイロットは一蓮托生だろ」
「それが白河なりの心配? でも、うれしくないな」
「うれしいとか、うれしくないとか、関係ないだろ」
モニタの向こうで視線を逸らした白河が、途切れ途切れに反論する。ヴァレリーが肩をすくめてみせると、白河は思い直したように声を荒げた。
「それより、ワルターって誰だよ?」
「相方」
「相方ァ? そいつがお前のこと、甘やかしてんのか!」
すっとんきょうな声をあげた白河に反論はしない。ヴァレリーには甘やかされている自覚があった。フェシスにしろ、ワルターにしろ、ヴァレリーの身を案じる者たちは、文句を言いながらも支えてくれる。
「相方って、一緒に乗ってんのかよ」
「うん。脱出用ポットに座ってる」
それ以上の説明は長くなる。ヴァレリーは通信を早々に切り上げるべく、キーボードの上に指を配置した。元々長居する時間などないのだ。
「悪いけど、くわしく説明してる暇はないの。祥子さん助けに行ってくる。じゃ!」
「待て! 待て待て待て!」
通信を切断しようとしたのに止められる。あまりいい気分はしない。ヴァレリーは唇を尖らせてファウストの進路を変更した。
「伊庭祥子を助けに行くって? なんでお前が?」
「直接会って、文句言ってやるのよ。今は時間がないの。白河を助ける時間だってほんとはなかったんだよ?」
白河海の操る灰色のファウストが、ヴァレリーの青いファウストの隣に並ぶ。自動操縦を解除したらしい。
画面の中の白河は、まさに絶句といった様子で頭を抱えている。あのなぁ、と唸りながら頭をかく仕草は見慣れたもので、ヴァレリーの緊張感がほんの少し和らいだ。白河はボーダー要塞にいた頃と変わらない。
──自分は少し変わった気がする。
ヴァレリーは目を細くした。フェシスに言わせれば「無鉄砲なところは変わりませんよ」と呆れられるだろうけれども。
「すれ違いでごめん。帰って来たらいろいろ話すよ」
「無事に帰って来る保証なんてないだろ」
白河の声に、ワルターが後部座席で小さく舌打ちしたのが聞こえた。からかうつもりで振り返ると、茶色の瞳でじっとりとにらまれた。
「俺が守るから平気」
ワルターの端的な答えは白河に届いたらしい。白衣の研究者は火に油を注がれたように怒りを露わにした。
「平気だぁ? てめぇ、何考えてんだ。敵地に潜入するなんて、どんだけ危険なことか……」
「うるさい。たかが研究者の分際で偉そうに」
明らかに悪意に満ちた言葉を向けるワルターが珍しくて、ヴァレリーは一瞬目をみはった。
「ずいぶん性格の悪い相方だな。……おい、ヴァレリー、オレも行く。インサイドに行って、お前の相方とやらをぶん殴ってやる」
「研究者の痩せた拳なんか当たらない」
二機のファウストは着々とボーダー要塞へ向かっている。差し迫って困るようなことはないが、放っておいたら延々とこの喧嘩を聞かされる気がする。ヴァレリー・モーリスはこっそりと通信を切る操作をする。
「……え?」
キーボードを叩いても通信が切れない。相変わらずCALLランプはついたままだ。驚いて後ろを振り返ると、ワルターが明らかに不機嫌という顔で眉間にしわを寄せていた。彼の仕業に違いない。
「ねぇ、ワルターも白河もさ、エネルギーの無駄だし、通信切ってくんないかな?」
「なんでこっちから切らなきゃなんねぇんだよ。負けたような気がしていやだ」
「白河海に同感だ。この男は白河空をインストールしてるだけでも迷惑なのに、どうして俺がそこまで折れてやらなきゃならないんだ」
ワルターの言葉に、ヴァレリーは呆れて伏せかけたまぶたを押し上げた。通信枠の内側で、白河も目をみはっている。
「白河空をインストール……?」
「クローン培養された白河海にはあらかじめ白河空がインストールしてある。リミッターが外れると、白河海の内側に眠っている白河空が目覚めて動き出す。そうして白河空の作り上げた世界から外れるものを矯正していく。諸悪の根源が再来するんだ。これ以上迷惑なことはない。だから、俺はお前が嫌いだ」
白河の顔が青ざめていく。白河空のインストールは、白河本人も知らなかったらしい。
「もし……もしリミッターが外れたら、白河はどうなるの?」
中央モニタには、相変わらず空が映っている。青白い空は広く、全てを見下ろしている。荒野にそびえ立つ岩壁をぬうように、二機のファウストはボーダー要塞へと近付いていく。
「負荷が限界に達するまで活動し続ける。聞いてない?」
淡々としたワルターの言葉に、眼帯をしたアウトサイド代表から聞いた話を思い出した。
「それは知ってる……。でも、代表は白河のお父さんの話なんてしなかったよ」
「君に話したら協力を得られないからだ。リミッターが外れれば、白河海は白河空になる。……代表は白河海を拘束することで、白河空を制御しようとしてる。それもきっと、白河空の手の内だろうけど」
アウトサイドとインサイドの国境を示す黄色いラインが座標の上から消えた。気持ちに何の整理もつかないまま、ボーダー要塞が近付いてくる。ヴァレリーと白河の沈黙を意に介さずに、ワルターは言葉をつづけた。
「アウトサイド代表はヴァレリーを使って、白河海をアウトサイドに呼び寄せようとした。君が予想外の動きをするウイルスだったせいで、失敗したけどね」
ふいにぶつんと音がして、白河の側から通信が切られた。ヴァレリーは再び通信を開こうとするが、呼び出し音が鳴るだけで、回線が開かれることはない。
「通信、強制受信させる?」
背後から冷めたワルターの声がしたが、ヴァレリーは首を横に振った。
白河空のインストールされた身体は、じきに白河海のものではなくなる。自分が自分でなくなる恐怖とは、どんなものだろう? それは少しだけ、クローン人間に似ている気がした。
「白河」
灰色のファウストは依然として青いファウストの隣を飛んでいる。縮小表示した座標に、ボーダー要塞の表示が見えた。




