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「こちらはヴァーチャル・アウトサイド中央区役所です。ヴァレリー・モーリスの接続が許可されました」
ヴァレリーが目を開けると、目の前に座った女がはんこを押した。
「では、あなたにはパイロットをお願いします。緊急時には招集がかかりますので」
大きな建物のようだが、インサイドの近代的な建物とは違う。どうやら木造のようだ。突然見知らぬ景色の中に放り出されて、ヴァレリーは困惑した。焦げ茶の髪の女が顔をあげる。黒縁の眼鏡に山型に結ばれた唇が生真面目そうな印象を引き立てていた。その顔にヴァレリーは覚えがない。
「え……と?」
「ヴァーチャル・アウトサイドにはインサイドと違って、職業選択の自由というものがあります。ただし、アウトサイドに慣れるまでの間は、適職診断によってこちらの指定した職業についていただきます。拒否すると衣食住のサービスを受けられないことがあります」
「あ、そうなんだ」
思わずうなずくと、書類を渡され、座るのをうながすように椅子をうしろに引かれた。有無を言わせないとはまさにこのことだ。部屋から出て適当な長椅子に座ると、ざっと書類をながめた。『ヴァーチャル・アウトサイドへようこそ!』という小冊子と地図だった。
冊子を開くと本の上に映像が現れて、説明がはじまる。インサイドの政府広報と大きな違いはない。七三分けの男性の映像は、「アウトサイドは紫外線が強いため、外出するときは日焼け止めやサングラス、帽子や日傘を忘れないようにしましょう」などと語っている。
「ヴァーチャルな世界なんだから、紫外線を弱く設定しておけばいいじゃん」
ヴァレリーがつぶやくと、七三分けの男性が問いに答えた。
「アウトサイドは自然回帰を提唱してできた国家です。ですからリアル・アウトサイドでの暮らしが再現されています。現在、リアル・アウトサイドで生活することはできませんが、ヴァーチャル・アウトサイドをできるだけ近い環境に設定することで、リアル・アウトサイドを疑似体験できるようにしています」
しつこく続く説明に、ヴァレリーは冊子を閉じた。「では、いってらっしゃいませ」という言葉と共に映像が消えた。区役所の扉を開けると、厳しい日差しで目の前が真っ白に染まった。
「あっつい……」
額の汗をぬぐって、街の様子を見る。昔、爺さんパイロットが見ていた西部劇を思い出した。馬こそないが、気温が高くて空気が乾燥している。喉がイガイガした。テンガロンハットをかぶった男が通りすぎ、日傘をさした女が飲み物を確認している。人々は思い思いの格好で歩いていた。
「もっと涼しい場所、ないの?」
ヴァレリーは地図を開いて、小冊子の七三分けに尋ねた。
「北地区は中央区よりも気温を十度ほど低く設定しています。地球温暖化により、アウトサイド全体の気温が高くなりました。ヴァーチャル・アウトサイドでもこの状態を……」
「消音」
話が長くなりそうだったので音を消した。北地区とやらに移動すれば少しはマシだろう。暑さにめまいを覚えながら、ヴァレリーは歩きながら街を見て周る。肉屋、酒屋、八百屋、洋服屋──意外と細かに店がわかれていて活気はあるが、移動手段らしきものは見つからない。
「ね、北地区へはどうやって行けばいい?」
音量を元に戻すと、口をぱくぱくさせていた七三分けの男に声が戻った。
「地区移動には政府の許可が必要です。移動装置の切符を使えるのは、アウトサイド政府に許された者だけです」
思ったより窮屈なようだ。ヴァレリーはふぅんと唇をとがらせて小冊子を閉じた。途端にピリリリリ、と電子音が聞こえて、目の前に小型の通信枠が開く。
「アウトサイドはいかがですか」
通信枠の中から黒髪の少女がこちらを見ていた。フェシスだ。ヴァレリーはふてくされたまま、「まあまあ」と答えた。
「警報が発令されました。パイロットは即刻転移装置前に集合してください」
ヴァーチャル・アウトサイドで生活するために、今は出撃しなければならない。命令が下れば、ヴァレリーは葛藤を捨てる。インサイドでしていたことと同じだ。
ヴァレリーが道をたずねる前に通信枠に地図が表示される。集合場所へのルートが赤で表示された。ヴァレリーが移動するのと同時に現在位置を示す黄色い三角が移動をはじめた。
道を進んで、何度か角を曲がるとパイロットらしき集団が目に入った。ガムを噛んだり煙草を吸ったりしてたむろしている。
「こんにちは。本日配属されたヴァレリー・モーリスです。よろしく」
近くにいた色黒の男にあいさつをするが、ふいと視線を外された。あからさまな動きにむっとすると、通信枠からフェシスの小さな声が聞こえた。
「敵機の目的はあなたの追跡と撃墜にあるようです。ですから休暇をつぶされたパイロットたちは、あまりいい感情を抱いていません」
ヴァレリーは周りの視線が自分に集中するのを感じた。敵意というほどのものではないが、あまり気持ちのいい視線でないのは確かだ。
「……だったら私が全機撃墜してやろうじゃない。ヴァーチャルなんだから私が被害を受けることはないし、思いっきり暴れてやるわ」
自信満々に言ったヴァレリーにあちこちから失笑が飛んだ。
「インサイドのパイロット様はさすがに違うな。機体を落とされても予備機があると思ってやがる」
誰かの嫌味に続いて笑い声が起こった。むかっ腹を立てて今にも暴れそうなヴァレリーの肩に、ぽん、と手が置かれる。赤い髪の青年が首を横にふっていた。
「おいシステム。その世間知らずのお嬢さんをしっかりサポートしてやれよ」
笑いながら去っていく他のパイロットのうしろ姿に、ヴァレリーは歯をむき出して中指を立てた。
「女の子だろ。よくない」
赤い髪の青年は無愛想に眼鏡をかけなおしている。彼の声は涼やかで、あまり感情の起伏がなさそうだった。
「システムって君のこと?」
青年はその質問には答えずに、小さな通信枠を指差した。システムはフェシスだと言いたいようだ。あまり感情を感じられないのは、アウトサイドの人々に対する自分の偏見なのかもしれない。ヴァレリーは少しだけ反省した。
「接続の仕方、教える」
必要最低限のことしかしゃべっていない気がする。名前を聞こうとして、先ほどのパイロットたちのニヤついた顔を思い出した。
──私はちゃんとあいさつしたもの。絶対あっちから名乗らせてやる。
鼻息も荒く赤い髪の青年の後を歩いていると大量のカプセルが見えた。《ひつじ》の群れだ。ヴァーチャル・アウトサイドの中で《ひつじ》に乗り込むのは、夢の中でさらに眠るようなものだ。青年がドーム型の天井に触れると、すぐにふたが開いた。よく見ると、ヴァーチャル・アウトサイドに来るときに使った《ひつじ》とは少し違う。中に液晶画面が三つあって、操縦桿がある。まるで小さな操縦席だ。
「これ、どうすんの」
赤髪の青年は軍事用の《ひつじ》に乗りこんで、パチパチパチと電源レバーを上げたあと、横に立てかけていたキーボードを出した。
「名前を入力。僕の場合はワルター・ミュラー」
にこりともせずにそう言って、青年は骨ばった指を器用に操った。
「ワルターって呼んでいい?」
青年がうなずくのと同時に赤い光線が照射された。顔をなでる光線に、青年は抗うことなく静かに座っている。網膜チェックらしかった。
「一緒に乗る?」
青年は網膜チェックを受けながらたずねる。ヴァレリーは首を横にふって、隣にあった軍事用の《ひつじ》に乗りこみ、青年が教えてくれたように名前を入力する。網膜チェックが終わってから、隣をそっと見た。青年はおだやかに微笑して、操縦桿をにぎった。
「行こう」




