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卵型のカプセルがずらりと並んだ部屋に大きな液晶画面。ヴァーチャル・アウトサイドの全てがこの部屋で管理されている。何分割かされた液晶画面の中に映ったフェシスは白河陸の提案をあっさり呑んだ。
「私の仕事はヴァーチャル・アウトサイドの維持です。特例を認めるのも権限を与えるのもマスターの仕事ですから、異存はありません」
ヴァレリーの目からは白河陸の背中しか見えない。その向こうに見える液晶画面には黒髪の少女が映っていて、監視されているような気分になる。
「いやだな。仕事の丸投げはよしてくれよ」
「登録されていない仕事はできません」
「君、二十世紀にそうやって残業断ったら速攻クビだったよ。労働基準法なんてあってないようなものだったんだぞ」
「お言葉ですが私はヴァーチャル・アウトサイド上のプログラムです。人間ではありません」
「うんわかった、僕が悪かった。君は果てしなく融通がきかないんだった」
表情一つ変えずにあっさり負けを認めてから、白河陸はヴァレリーに向き直った。ヴァレリーはにじんだ涙がこぼれないように腹に力を入れて、じっと上を向く。涙ぐんでいる暇などない。戦場と同じように、自分の身は自分で守らなくてはならない。インサイドの誇るエースパイロットは切り替えが早かった。
……どこまで張り合えるかわからないけど、無条件降伏なんてしない。
白河陸と目があった。
「というわけでロリ子ちゃん、僕と交換条件だ。君の記憶をチェックするのと引き換えに、君の知りたい情報を教えてあげよう。どうだい?」
意外な提案にヴァレリーは唾を飲みこんだ。ヴァレリーが知りたいのはアウトサイドでも機密であるだろう情報だ。それと引き換えにするほど、自分の記憶に価値があるということだ。
「……私の記憶には、それだけ価値があるのね?」
疑心暗鬼は自分に似合わない。そもそも頭脳戦だって向かないのだ。
だからヴァレリーは単刀直入に問う。
陸の表情は動かない。液晶画面の中で、少しずつ景色が変わっていった。昇る日、沈む日、満月、半月、新月、それぞれ画面の中に景色がある。それは卵型のカプセルの中で眠る人々のものだ。
ヴァーチャル・アウトサイドに接続するために検閲が必要だということが、理解できないわけではない。ヴァレリーがもしウイルスに感染していたら、液晶画面の中の平和な景色は崩れてしまう。世界を維持するために必要なことなのだろう。
……私がロボットだったらね。
ヴァレリーは唇をなめて、駒を進める。
「私はクローン人間よ。機械用のウイルスなんて持ってない。病原菌を持ってる可能性はゼロじゃないけど……それなら記憶を覗き見る必要なんてないよね? あなたたちは検閲がしたいんじゃなくて、私の記憶を見たいんでしょう?」
とがったヴァレリーの声に、陸は破顔してみせた。ときおりこうして表情が変わるが、そのどれもが作られた表情のように見えてしまうのは、陸がサイボーグであると知っているからなのかもしれない。
「海君はね、もう本当にどうしようもない放蕩野郎で、おっぺけペーなわけ」
「おっぺけぺーって、図書館でしか見かけない言葉だわ」
「ああ、ごめんね。僕、昔の人だから」
少し考え込むようにして、陸はあごに手をやる。仕草だけ見れば人間らしい。それなのに、どうしても違和感がぬぐえない。
「ちっとも連絡をよこさないんだよ。前に連絡くれたのが五年前だよ? こっちは何度も連絡とろうとして通信送ってるのに、向こうが回線を開いてくれないから、ぜーんぜん会えない。だから弟の僕としては、海君の様子が知りたい」
ヴァレリーは内心唸った。葉の長い観葉植物が空調の風に揺れるのを見て、気持ちを落ち着かせる。ボーダー要塞にも似た植物があった。
「白河の様子を知りたいのなら、私から直接聞けばいいじゃない」
白河陸は無表情のまま、短く息を吐いた。
「大体国家の機密と兄の様子を引き換えにしようだなんて、公私混同もいいところだわ。あなたのことはよく知らないけど、アウトサイド代表がそれでいいわけ?」
不審な表情を隠そうともしないヴァレリーに、陸は苦笑した。
人の形をしたロボットが、クッキーと紅茶を脇机の上に置いていく。カリカリカリ、とロボット特有の機械音が聞こえた。
用意されたものがどれほど高級なものか、ヴァレリーは知っている。どうやら自分は賓客として扱われているらしい。
その割に、空いている卵型のカプセルを椅子代わりにしているけれど。
白河陸は液晶画面の前にあった椅子に座って紅茶を飲んだ。ヴァレリーが紅茶を飲むのを待って語りだす。
「ヴァレリー、君が僕を信用しないのは仕方ない。でも海君の様子を知りたいのは本当だよ。あの人が目覚めてくれないと困るんだ」
「ズルイ。それが大人の交渉テクニックってやつ?」
突然いつもと違う呼ばれ方をしたら背筋を正してしまうし、こちらの心情を言い当てられたらすんなり聞いてしまいそうになる。その上、機密を目の前にちらつかせられたら気になって仕方がない。
「ロリ子ちゃんといい、海君といい、小手先の技は通用しないねえ」
「相手の行動を読めないパイロットなんて三流よ。白河は自分のことを出来損ないだって言ってたけど、私はそうは思わない。順番に話してくれる?」
ヴァレリーがにらみつけても、蛙の面に小便とばかりにあっさりかわされてしまう。
「……人間の脳の話、知ってる?」
アウトサイドは暑いからアイスティーが飲みたかった。そう思いながら、ヴァレリーは白い湯気のたちのぼるカップを脇机の上に戻した。
「人間の頭の中で普段使っている箇所は、全体から見るとちょっとしかない。ちょっとしか使えないのは、心や身体が壊れないようにするためさ。安全装置がついてるんだね。この安全装置をはずせる人間を、天才っていうんだよ。でも長く安全装置をはずしていれば、それだけ負荷がかかる。負荷がかかりすぎると発狂したり自殺したり、暴れて手がつけられなくなったりする。だから能力や時間が限定されるんだね。たとえばロリ子ちゃんの場合、戦闘機を操縦している間、この安全装置ははずれている」
ヴァレリーは適当にうなずいて、クッキーを口の中に放りこんだ。
「そうなんだ」
クッキーが口の中で粉々になると妙に水分が欲しくなって、ヴァレリーは熱い紅茶の入ったカップを手にする。
「興味ない?」
「うん、ないわ。だって私の記憶を検閲する話とは関係ないもの」
「海君の安全装置がどれくらい外れているか、それを知りたいんだよ」
すとん、と降ってきた言葉にヴァレリーは納得した。ヴァレリーを通じて白河の様子を見たいというのは、本当なのだろう。
「私の記憶を見るのはそのためね?」
液晶画面の中で黒髪の少女がこちらを見ている。表情に変わりはないが、どこか悲しそうだ。ヴァレリーは気にしないふりをして、カップを机に戻す。
「そうだよ。インサイドの進歩はね、安全装置のはずれた白河海によって進められてきたんだ。アウトサイドは彼の技術力を欲してる。海君は間違いなく、父さんの後継者さ」
──今のオレ本人に自覚はないけど、何回も生まれて死んでるみたいだよ。自殺とか他殺とか、物騒なんだよねえ。だからこんだけ再生回数多いんじゃない?
かつての白河の言葉がよみがえる。
徹夜してまで開発を続ける男だ。安全装置のはずれた状態で開発を続けていれば、それ相応の負荷がかかるのに違いない。過去の白河海は安全装置をはずしつづけた結果、負荷に押しつぶされたのではないか──。
白河陸の言葉が無情に続く。
「海君の安全装置は特殊でね。一度はずすと元に戻すのが大変なんだ」
ヴァレリーは背筋を凍らせた。元に戻らないということは、安全装置がはずれたままになるということだ。
「……負荷がかかりつづけるのね?」
「そう。限界を超えて停止するまで」
ヴァレリーの内側でざわざわと心が騒ぎ出す。
──なんのために、うまれたの?
開発のできる年齢まで倍速成長させられて、一度安全装置がはずれれば文明の進歩のために使い捨てされる。インサイドにとっても、アウトサイドにとっても、白河は道具でしかない。
今の白河が倒れるまで、一体どれほどの時間が残されているのだろう。
白河の安全装置がどれほどはずされているか知りたいと思うのは、ヴァレリーも同じだ。
白河陸は眼帯に手をやって、一呼吸置いて続けた。
「だから君の記憶を見せてくれないか」
最後のクッキーを口の中に放り込んで、ゆっくりとまばたきをする。腹は決まった。操縦桿を手にしたときのような、静かな心持ちだ。
「白河に関することだけ見るのでいいなら」
白河陸はいつもの無表情にうっすらと笑みを浮かべた。
この人は機械なんだ。
アウトサイド代表の笑みは、ヴァレリーにそう思わせるのに十分なものだった。




