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2-4

 《ひつじ》のふたが閉まると途端に視界が暗くなって、操縦席の赤や緑のランプが光った。左側のサブ画面に見慣れたロゴが現れる。ファウスト00A──ヴァレリーの愛機だ。右側の画面は通信枠らしい。無表情のフェシスが映っている。


「あいつらに絶対、ほえ面かかせてやる」


 フェシスがわずかに眉根を寄せた。


「ヴァレリー、冷静に。いくら私がサポートしていると言っても、あなたがこれから出撃するのは現実の世界です」

「言われなくてもわかってるわよ。自分を見失うような馬鹿な真似はしないわ。でも私から戦闘機の操縦とったら何も残んないのよ。馬鹿にされたまま、終わるわけにはいかないの」


 ヴァレリーは唇を噛みしめる。いつもなら操縦中に音楽を聞くのだが、今回ばかりは再生しなかった。いくら隼といえども敵機をすべて撃墜するのは容易ではない。真ん中の液晶画面で、オレンジ色の誘導灯が道筋をつける。素早くペダルを踏みこんで機体を発射させる。


「遊んでるヒマなんてない。一気に行くからね!」


 軍事用の《ひつじ》の内部に、見慣れたコックピットの景色が投影されている。昔に360度プラネタリウムというものが流行ったらしいが、こういう感じかもしれないな、とヴァレリーは頭の隅で考える。格納庫の扉が開くのと同時に空へ飛び出す。ベルトが身体に食いこむのも機体が風の抵抗で揺れるのもおかまいなしに進むと、あっという間にアウトサイドの僚機パイロットたちを追い抜いた。


 自機の状態を示す左画面の縮尺を変更したところで、ヴァレリーは手を止めた。


「インサイド機の表示は? 赤? 緑?」

「赤です」

「了解」


 つい数日前まで敵だったものが味方になり、味方だったものが敵になる。システムを変更するように気持ちを切り替えることは、普段のヴァレリーには時間がかかっただろう。だが戦闘機に乗っているヴァレリーは別だった。


「敵機発見」


 フェシスの報告にぺろりと唇をなめる。座標で五つの赤い点を確認すると同時に速力に緩急をつけた。


「敵機、ライフル稼動音を確認しました。撃ってきます」

「そりゃそうでしょうね!」


 すれ違いざまに一気に加速し、弾丸をを叩きこむ。同時に垂直尾翼に書かれた数字を素早く読み取った。


「S-26分隊か。隼相手に二桁台をよこすなんて、勝つ気あるのかな」


 左翼に直撃を受けた敵機は大きくバランスを崩し、ふらふらと編隊の中で揺れている。敵同士でぶつかるように方向修正してライフルを撃つと、がくん、と動きを狂わせた一機が後続の機体にぶつかった。


「三機撃墜しました」


 フェシスの淡々とした声にも反応せず、ヴァレリーは操縦桿をひく。回転しながら敵の追尾ミサイル同士をぶつけてかわすと、上空へ駆け上がる。残りの敵機がヴァレリーを追う。ひきつけたところでヴァレリーはペダルから足を離した。エンジンが止まるとファウストは、重力にしたがって落ちていく。進むと思い込んでいた敵機との距離ができる。バルカン砲をきりもみ状に回転しながら避けて、ある程度高度が落ちたところでペダルを踏みこむ。急反転して追尾ミサイルを撃ちこんだ。さんざん翻弄されていらだっていた敵機は、追尾ミサイルをかわせずに爆発した。


「班長機を含めて二機撃破。周囲8キロの敵機、全滅しました」


 フェシス以外からも通信が入ったことを知らせる音がして、ヴァレリーはそっけなく返事をした。右側の画面に通信枠が開いて、赤髪の青年が映った。


「10キロ前方で交戦中。応援頼む、だって」


 座標を拡大して、10キロ前方を表示させる。味方機が苦戦しているようだった。


「口ほどにもないなあ。この程度の腕で私にケンカ売ってたの?」

「性格悪」

「言わせてよ、悔しかったんだから」


 通信が切れると、ヴァレリーは愛機を加速させた。ファウストの通ったあとに細く長い煙が伸びる。青い空に残った飛行機雲を堪能する間もなく、ヴァレリーは次の戦場に向けて集中していた。


「敵は01が一機、00が六機です。残り10秒で戦闘空域に到着します……五、四、三、二……到着です」


 フェシスの誘導は確かで、ぴったり戦闘空域についた。目の前でエネルギー弾をかわして、ヴァレリーは速度を緩める。緩急を自在に扱えばそれだけ敵機に動きを予測されにくくなる。


「敵ライフル弾距離300まで接近」


 フェシスの冷静な声にあわせて操縦桿をにぎりしめる。機体を上昇させて回避した。


「なに、今の……ロックオンまでが早い。さっき隊長機落としたって言ってたよね?」


 フェシスの「はい」という返答を聞き流しながらペダルを踏む。インサイドの守備隊は、数字が小さいほど精鋭だ。今回の敵がS-26なら、それほど強敵が残っているはずがないのに。敵の腕を見せつけられたヴァレリーは唇を噛んだ。


「あの腕で二桁台? 嘘だ」

「敵機尾翼映像確認しました。S-2所属の機体が一機混ざっているようです」


 フェシスの言葉を聞いた瞬間、ヴァレリーは頭をかきむしった。


「うっわ……S-2かぁ……」


 ヴァレリーの隙を見つけると、すぐにエネルギー弾が連射される。ヴァレリーはかわすが、そのうしろにいた味方機が落とされた。爆発が起こって、爆風で破片が飛んでくる。


「煙幕か!」


 ヴァレリーはあまり気にしないが、戦闘機は小さな傷が致命傷となることもある。フェシスが有無を言わさぬ口調で「シールド展開します。次弾、来ます」と告げた。


「突っこめ!」


 エネルギー弾をかわして操縦桿を傾けると、同時に正面の液晶画面が灰色一色になった。煙幕だ。かわしたところを狙うのが敵機の狙いだろう。かわさない。しかしS-2所属の精鋭ならば、ヴァレリーの動きも予測済みだ。機銃の威嚇射撃がはじまる。


「被弾。シールドにより損傷軽微」

「シールド解いて! 展開しっぱなしじゃエネルギー消費が大きすぎる!」


 通信を知らせるランプがついて、右液晶画面にワルターが現れた。


「手伝う」

「お願い」


 短い通信を終えてすぐ、追尾ミサイルを一発撃った。まさかロックオンできない状態で追尾ミサイルを使うとは思わないだろう。ヴァレリーの思惑通り、自分が捕捉されたと錯覚した敵機が煙幕から逃れる。出てきたところを、すかさず攻撃する。爆発があった。S-2所属のパイロットを落とすには、相当な技術が必要だ。


 爆風に揺れるコックピットの中で、ヴァレリーは「敵機とワルター機、どっち!?」と怒鳴った。マップの表示に従ったが、機体を視認していない。


「ワルター・ミュラー機、無事です」

「君、ほんと性格悪い」


 フェシスの報告とほぼ同時に通信枠が開いて、じっとりと半眼になったワルターが現れた。


「わはは、そんなに怒らないでよ。私、あなたの腕知らないんだし」

「まだ六機いる。気をつけ……」


 通信途中で画面にノイズが走った。


「ワルター!?」


 ペダルを踏みこんで煙幕を抜ける。反転すると敵機がすぐに確認できた。ミサイルを撃ちながら加速する。すれちがいざまに目の前で弾けたミサイルは、見事敵機に当たった。


「一機撃墜しました」

「ワルターは?」


 後方に急激に失速していく味方機が確認できた。


「あれじゃスピンしちゃう」

「ワルター・ミュラー機の燃料タンク付近に被弾が確認されました」

「それで失速してるのか」


 ヴァレリーが予測した通り、機体がくるくるとまわりだす。コントロール不能に陥っているのがすぐわかった。ワルターへの通信を開こうとした瞬間、フェシスの鋭い声が届いた。


「敵機、来ました」

「タイミング最悪」


 軽く舌打ちをする。操縦桿をにぎった手が汗ばんだ。


 敵機に向かって加速すると、ミサイルが放たれた。いつもの習慣で軽くかわして、ヴァレリーは「あっ」と声をあげた。


「ワルターに当たる!」


 うしろで爆発音がした。

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