衝撃の事実
その夜。カイゼルの屋敷の一室で、慣れた手つきでリルリアーナの髪をとかしながらサンディは問う。
「リル様は陛下の元へ戻りたくはないのですか?」
「嫌よ!絶対嫌!」
即答である。
「だってあんなに自由のない生活なんてもう無理!もう子供じゃないんだから!」
「あらあら、酒と男を知ってしまったからですか」
きいきい喚く自分に対し、ずばりと身もふたもない言い方をするサンディにリルリアーナは目を見開いて驚く。
「さ、サン姉…なんでそれを…」
「リル様を見ればわかります。何年お側にいたと思っているのですか」
間違ってはいない。が、先程カイゼルからすでに話を聞いていたことは黙っておくサンディ。彼女にとってリルリアーナ本人の口から聞くのは簡単なことだ。
「一応聞いておきますけど、お相手はお一人だけですよね?」
「そうよ、カイゼルさんだけよ!…あ!」
まだそこまで聞かれていないのに、簡単に名前まで白状してしまったことに気づく。
「なるほど。お相手は先程のあのわら…いや銀狼の長だと」
「優しいし格好いいんだよ?すっごく大人だし!」
童と言いかけたサンディに気づいたか否か、リルリアーナは不貞腐れつつ力説する。
「陛下だってリル様にはお優しいですし、よっぽど美丈夫ですよ?年齢は銀狼族の誰よりも大人です」
龍族は長命だ。若くは見えるが年齢的にはリルリアーナやカイゼルより比べるべくもないほど桁違いで上だった。
「運命がどうとか言わないし、君しかいないなんて意味のわからない嘘つかないし!」
「龍族の私たちからすれば運命は当然ですし、番であるリル様しかいないのも本当ですよ。魔道具の件はいささか気の毒かと。結局あの魔女にそういった意味で手は出してないですし」
さらりと重大なことを言うサンディに、リルリアーナは固まる。
「え…、して、ないの?」
「そりゃそうですよ。いくら魔道具で誤認しようとするわけないじゃないですか。あの方は皆が知る1000年ドウテイですよ?」
知らない。なんだそのひどいあだ名は。さすがにまだ1000年も生きてはいないはず。いやそれより、だ。本当に何もなかったのか?え、むしろ何百年もなの??とリルリアーナは頭の中でぐるぐると考え出す。
そんな彼女を見て、これは私の憶測も混じっていますがとサンディは続ける。
「リル様が成人する直前、妖精族特有の現象で一時期無性状態になってましたよね?その時に番のフェロモンも薄まってたんですよ。そしてその前に取り込まれていたフェロモンを利用した魔道具で魔女は陛下を騙していたんです。つまり、陛下が決して手を出さないと決めていた成人前のリル様のフェロモンです」
そこには複雑な思惑が絡んでいたようだが、それは今は関係ない。それよりリルリアーナが聞きたいであろうことは…。
「陛下は、まだ童貞です」
「いや嘘でしょ!?」
とんでもない発言にリルリアーナは驚く。
「だってあの人とキスしてたの見たのよ??私にもした事ないのに!」
「それはわかりませんが、番以外の他の女でも代用できるなら今までとっくに誰かがあてがっていたでしょう」
龍帝陛下が番を見つける前、龍帝の妃の座を狙うものは多かった。しかし龍族のみならず他部族からもよりどりみどりの状況でも、彼は決して手を出さなかった。
「別にちゃんと事前に言ってくれれば恋人が何人いようと私は構わなかったのに…」
「あり得ません。番は互いしかいないから番なんです。龍にとっては、ですが」
番以外と付き合う龍族はもちろんいる。ただ、龍の力が強いものほど番以外には全く興味を持てない。これは龍族の通説である。龍帝ほど力が強い者ともなると、皆も納得ではあった。
そして番に対して嫉妬深いのは当然とはいえ、何百年もその存在を待ち続けた彼は龍族から見てもやりすぎな程鉄壁にリルリアーナを囲い込んだ。その存在を隠すように。それ故に色々な誤解や憶測を生んだのも確かだった。
「あれ?待って待って、じゃあ浮気したのって…」
「どちらかと言うとリル様でしょうね」
「えぇぇ!?」
衝撃の事実に青ざめるリルリアーナ。そんな主を哀れに思ったのか、サンディはですが…と続ける。
「そもそもリル様は子供でしたし、陛下の番であることをリル様からは認めていません。なのに己の番だからと龍族にとっての当たり前を押し付けて、陛下も言葉足らずでした。何より誤認して追放されてますし」
悪気はないとはいえ、何も知らない子供を真綿で縛り付けてそれまでの常識を奪ったのは陛下や自分も含めた周りの龍族たちだ。大事にしていたつもりだったが、それは龍族のやり方だ。今回の事件を経てやっとサンディも気づいたのだった。
「私…あの人に女性として扱われたことなんてないって思ってたの」
「一度タガが外れると、まだ成人していないリル様に無体を強いると思ったんじゃないですか?」
はたから見てると分かりやすいくらいいやらしい目で見てましたよと心の中で付け足し、さらにサンディは言う。
「花の妖精族の成人が18だからって、そこまで待つ必要なんてなかったんですよ。チョロいんだからさっさと分からせてれば…」
「え?」
後半聞き取れなかったが、ずっと2人を見て来たサンディには思うところが多分にあるようだ。失言を誤魔化すようにげふんげふんと咳き込んで続ける。
「すでに己の番を失って久しい私には、龍族の常識を他部族に押し付けて良いものではないとわかります。自由恋愛大いに結構。リル様にはその権利があります」
こう見えてかなり長生きしているサンディ。長い人生の間に番を得て、失ってもいる。そしてこの数日こっそりリルリアーナを見守っている間に、思うところが多分にあったようだ。
「恋愛…」
ずっと龍帝の妃になるのだと聞かされて来た。侍女たちからの扱いもすでにそれだった。しかし、肝心の夫となる相手にそんな色は見えなかった。あくまでリルリアーナにとってだが。
「ぶっちゃけもっと遊びたいですよね。わかります」
「ぶっちゃけすぎだわサン姉!?」
真剣な顔で言うサンディに、珍しくツッコむリルリアーナだった。
「まぁそれは冗談として、一度陛下と2人できちんと話をされた方がいいと思いますよ。このままだとまた誘拐されますよ」
「うん…そう、よね…」
諦めてくれるかはわからないが、説得だけでもしてみよう。話し合いは大事だ。
「ありがとう、やっぱりサン姉は頼りになるわね!」
「いえいえ、私はリル様の幸せを祈っておりますよ」
なんだか話をしたらすっきりしたなと思いながら、リルリアーナは礼を言うのであった。龍族の、侍女に。




