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『XLV :朝蜘蛛は殺すな、夜蜘蛛は殺せ』

「ぬ、抜けた…!」


噛まれていた左足が解放され、僕は思わず笑みを浮かべる。


「よ、よし…!」


左足には激しい痛みが走っているが、そんな事がどうでもよくなるほどの達成感を僕は噛み締めていた。


清白すずしろっち、危ない!」


しかし、引き抜いた反動で僕はバランスを失った。


「…あ!?」


視界が180度回転し、気付くと僕の瞳には暗闇に包まれたマリサントラが映っていた。


そして、僕は真っ逆さまに落下を開始する。


地上から約500m上空…このまま落ちれば、間違いなく待っているのは『死』だろう。


しかし、不思議と焦りはなかった。


一定の距離以上上空へ連れ去られた時点で、落下して死ぬか、喰われて死ぬかの二つの選択肢しか待っていなかったのだから。


死ぬのは嫌だが、覚悟は出来ていた。


…自分はやれるだけの事はやった、これで死ねるなら…。


僕を満たしていた達成感がそう思わせた。


…よく頑張った、僕。


「お〜〜い…!!何その顔!?僕は今から死にます…みたいな顔して!」


突然大きな説教が耳元から聞こえ、僕は思わず飛び上がる。


「こんな所で実紀が清白っちを死なせるわけないでしょ!てか絶対死なせないってさっき言ったし!」


僕の腕に捕まる実紀みきさんに視線を落とすと、彼女はそのま続けた。


「何て言ったって、もう実紀命令違反しちゃったもんね!」


彼女は舌を出しながらテヘッというような表情をした。


「ん…?命令、違反?」


僕が困惑していると、彼女は親指を立ててグッドサインを作ってみせた。


「と.に.か.く!ここまで来たら2人でやるとこまでやってやろうぜ!」


「でも…、流石にこの状況から助かるのは無理じゃないですか?」


人間はビルの三階から飛び降りるだけで、時速50kmを超えるスピードで落下すると言われている。


それでも死ぬのには十分すぎるスピードだが、今僕たちがいるのはそれより遥かに高い地上500m。


僕たちの落下速度は遠に100kmは超えているに違いない。


「実紀を誰だと思ってるの!?あ、清白っちには苗字まだ教えてなかったか…。南沢みなみさわ…、南沢みなみさわ実紀みきっていうの…知ってるでしょ!」


彼女は自慢げに、今日一番のドヤ顔を浮かべる。


「南沢…?」


「え、知らない!?まぁ、清白っちの代は知らないか〜…」


残念そうに呟くと、彼女は僕を掴んでいた手を離した。


「え、実紀さん?どこに!?」


「清白っちは両手を広げて、スピードなるべく落としといて!」


そう言い残した彼女は、僕よりも先に落下していった。


「南沢…南沢…」


どんどん下降していく彼女を見ながら、僕は先程彼女が初めて教えてくれた苗字を繰り返し呟く。


「何処かで聞いた事のあるような……」


すると実紀さんは緑の粒子に包まれながら、右手から短剣を生成した。


そして、それを両手で握ると大きく短剣を振りかぶる。


「ウェブ・プランテーション!!」


そう叫んだ彼女は自分の真下に向かって剣を突き刺した。


何もない空中で振られたその剣は、本来なら空を切る筈である。


しかし次の瞬間、本当にその短剣が空間を突き刺したかのように何もないその場所に亀裂を入れたのだった。


「……!?」


やがて亀裂が一体に行き渡ると、その亀裂は蜘蛛の巣状に広がっていた。


「え、何あれ!?」


何もない空中に突如形成された網に、僕は目を見開く。


そして、その非現実的な現象が僕の記憶を呼び起こす。


「そうだ思い出した!蜘蛛網ハンギングスパイダー……でも彼女が、本当に…?」


南沢実紀…別名蜘蛛網ハンギングスパイダー


ヴィクテマ初の飛び級入団者にして、ヴィクテマ史上最悪の事件の一つを引き起こした張本人。


間違いない、場所を選ばず生成されるあの蜘蛛の巣状の網。


5年以上前の出来事だが、任務中に彼女が起こした大量虐殺を知らない者はヴィクテマにはいない。


「なんでそんな人が、僕の側に……」


すると、既に網に着地した実紀さんが僕の名前を呼んだ。


「清白っち!ここに落ちて!」


衝撃的すぎる彼女の正体に言葉を失っていた僕は、突然名前を呼ばれたことに驚き、足をばたつかせる。


「は…は、はい!!」


「両手広げて、着地して!」


言われた通り両手を広げ、緑の網に落下した。


「ッ…!?」


ものすごいスピードで網に衝突した僕の体に激しい圧がかかる。


網は綿のように柔らかかったものの、まるで高いところから水に飛び込んだような感覚だった。


「まずい…」


精一杯歯を食いしばるが、頭にかかる重圧が僕の意識を遠ざける。


少しでも目を閉じれば、持っていかれる……そう思った。


しかし、血まみれの左足に突然走った激痛がギリギリの所で繋いでいた意識の糸を切り離した。


「ッカ…!」


そして僕は気を失ってしまったのだった。

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