『XLIV :後悔の形』
鉄球に打たれたかのような大きな衝撃が下から襲い、僕の体は空中へと投げ出された。
「ッ…!?」
下から飛び出した黒い化物はグングン空へと伸び上がり、僕をどんどん地上から引き離していく。
僕はこの状況から抜け出そうと必死に足を動かすが、どうも左足がびくとも動かない。
「…?」
恐る恐る視線を下げると、凶獣は僕の左足を咥え、その鋭い刃は深くふくらはぎに突き刺さっていた。
紅く染まった左足を認識した瞬間、左足に激痛が走る。
「ぅぐっ、っあぁあぁあああああああっ‼!!!!」
あまりの激痛とショックに頭が真っ白になっていくのを感じた。
地面下から出てきた凶獣の体はまだ地上から出きっていないのか、どんどん天へと伸び続け、僕の体はもの凄い勢いで上へと運ばれていく。
痛みで朦朧とする意識の中、体がどんどん冷たくなり、暖かな血とともに命が流れ出ているような気がした。
……あー、死ぬんだ。
「清白っちぃぃぃぃぃぃぃ!!」
全身の力を抜いたその時、グイッと右手が引っ張られ、遠のいていた意識が引き戻された。
「み、き さん…?なんで…?」
そこには白髪の少女が僕の右腕に捕まっていた。
「そりゃ、だって手…繋いでたじゃん!」
風で髪がかき揚げられながらも、落ちまいと必死に捕まっている彼女はそう返答する。
「早く僕の手を離してください…このままでは実紀さんも死んでしまう」
整ったその顔には無数の傷がつき、雪のように白い頬は赤い血で染まっている。
「大丈夫!大丈夫だから…!」
にも関わらず、彼女は笑顔を浮かべると、僕を鼓舞し続ける。
「なんで、そんなに…」
…理解できなかった。
何故彼女がここまで一生懸命なのか。何故命を放り出してまでこんな化物を守るのか。
これは彼女たちの役割の範疇を超えている。
そう、僕を騙すという彼女たちの……役割を。
「清白っち!左足抜けそう…?」
再び襲ってきた鈍い痛みに奥歯をぐっと噛み締める。
「………」
僕は何も言わなかった。
左足は完全に刃が刺さっていて、感覚はほぼ無い。そう、もう絶対に抜けないのだから。
「無理そう?じゃあ、実紀がどうにかするから」
そう言いながら笑顔を見せた彼女の瞳には、恐怖の色が滲んでいる。
右腕から伝わる彼女が震える感触が、そう僕に感じさせた。
「っそれより早く手を離してください!これ以上上空へ昇ったら本当に死にますよっ!?」
自分を犠牲にしてまでも死に物狂いで僕を救おうとする彼女の態度に怒りが湧き、痺れを切らした僕は思わず声を張り上げる。
「実紀は、実紀はっ!『清白っち』を守りたいの!」
両手で僕の右腕にしがみついている実紀さんは、唯一空いていた口で短剣を咥えた。
そして、体を大きく揺らし、口に咥えた短剣で凶獣の体を斬りつけたのだ。
突然の攻撃に凶獣は驚きと共に体を左右に振り始める。
「ッ…!?」
その大きな揺れに白髪の少女は弾き飛ばされ、ズルッと僕を握っていた彼女の手がずり落ちた。
「だい、じょうぶ!」
ギリギリの所で耐えた彼女の口から、赤い血がシトシトと垂れる。
瞳には涙が浮かび、額からは汗が流れている。
しかし、彼女はすぐに覚悟を決めたような表情を浮かべると、もう一度短剣を食いしばった。
「なんで…そこまで…」
その一心不乱な表情が、拭えない傷跡が、屈しない覚悟が…
僕の中で枯れていた生きるための情熱を疼かせた。
…彼女は命を張っいる。こんな僕に、どうしようもない僕のために。本気で向き合って、本気で助けようとしている。
すると、白髪の少女は頭を振り、口に咥えた短剣をもう一度凶獣の体に突き刺したのだった。
怒りを抑えきれない凶獣は、僕にしがみついている実紀さんを振り落とそうと体を再び大きく振った。
「ヒャァ…!」
彼女の体は更にズリ落ち、腕を握っていた筈の彼女の手は、気付けば手首を握っていた。
…『優しさ』などと言うそんな綺麗な動機では無いかもしれない。それでも、彼女は僕を生かそうと、死なせまいと、その身を削り続けている。
「何か、何か…しないと…」
手首から感じる彼女の指先の震えが、無意識の内にそう僕に言わせていた。
「も〜そんな顔しないの!」
「実紀さんが…落ちちゃう…」
シャィィーーー!!
短剣を刺された凶獣は怒りの雄叫びを上げる。
「うるさい!!」
彼女は凶獣に刺さっていた短剣の取手部分を右足で蹴り込んだ。
その打撃が短剣を更に挿しこみ、凶獣は悲痛の鳴き声を上げる。
シャァァーーーッ!!
その時、僕の左足を噛み締めていた凶獣の口元が少し、ほんの少し緩んだ。
…抜ける、かもしれない。
そんな考えが頭を過り、僕は左足に少し力を込めた。
「ッ…!?」
しかし、左足に物凄い激痛が走る。
…痛い、痛い、痛い
あまりの痛みに僕は一瞬で後悔をした。
やらなければよかった、希望なんて持たなければよかった、生きようとしなければ…
「生きて!生きて、清白っち…!生きて、またやり直すの!」
彼女は僕を見つめると、涙と血で滲んだ笑顔を精一杯浮かべた。
「その後悔は形を変えて、きっと周りの人を助けるんだから!!」
「………!?」
その笑顔が、お世辞にも可愛いとは言えない傷だらけのその笑顔が、僕の空っぽになっていた心に衝撃を与えた。
…死なせたくない、後悔させたくない…僕を信じてくれた彼女を。今、目の前にいる…彼女を。
そのためにも“僕”は…“僕”は…。
「ウァォォォォォ…」
失っていた体に力を込め、思いっきり左足を引き抜く。
痛かった、ただただ痛かった。
しかし、体から力が湧き出ていた。…抜けと、足を抜けと。
僕は雄叫びを上げ、最後の力を振り絞る。
「グゥァァァァァァ…」
そして、次の瞬間、破裂するような痛み共に、赤く染まった僕の左足が自由になったのだった。




