『XLII :死神を募る1』
[9月25日: マリサントラ崩壊約1ヶ月前]
柔らかな光が微かに差し込む静かな書斎。
中央に佇む机には黒い制服に瑠璃色の瞳をした男が座っている。
「2人ともわざわざ来てもらってすみません」
部屋の入り口付近にはボーイイッシュな紺髪の少女と小柄な白髪少女が立っていた。
「桐王総隊長直々に呼び出しとは珍しいですね」
「今回は直接伝える必要がありましてね」
「え〜総隊長が実紀たちに会いたかっただけじゃないんですか〜?」
「コラ実紀!総隊長の前だけはお願いだからちゃんとして」
「は〜い」
少女はそう言うとぷくっと頬を膨らました。
「早速本題に入らさせてもらいますね。実は、2人に任せたい任務がありまして」
桐王は真剣な面持ちで腕を組むと続けた。
「端的に言いますと、ある男の監視をしてほしいのです」
「監視…ですか?」
「そうです。申し訳ないことに詳しい経緯は説明できないのですが、清白理玖という最近ヴィクテマから追放した男がいまして…。2人に彼の監視を任せたいと考えています」
「え〜意外。今時追放とかあるんだね」
「彼は任務中に自分の仲間を殺しました」
思いもよらなかった桐王の回答に一瞬部屋に沈黙が流れる。
「そしてここからが本題です。彼には毎日飲まなければいけない特別な薬を処方しているのですが、それをちゃんと服用しているのか確認して欲しいのです」
男は机から立ち上がると窓の方へ向かう。
「まず二週間ほど彼を陰から監視してください。そしてしばらくしたら偶然を装い彼に接触し、彼がその薬を毎日服用しているか近くから監視して頂ければそれで充分です」
彼は窓から見えるマリサントラの夜景を見ながら続けた。
「やり方も2人に一任しますが、くれぐれも本人にはヴィクテマ隊員であることを気付かれないように。もちろん口外も一切禁止です」
「随分楽勝そうじゃん!でもそんなのわざわざ実紀達がやらなくてもよく無いですか?」
「確かにそうですね。しかし彼にはもう一つ問題がありまして…。彼は初任務での記憶を失っているのです」
「なるほど。ただ何故それが問題なのでしょうか?」
紺髪の少女は不思議そうに問い返した。
「それは彼が記憶を取り戻した瞬間、ここマリサントラが灰とかすと言っても過言では無いからです」
もう一度部屋に一瞬沈黙が流れるが、直ぐに白髪の少女が沈黙を破る。
「まっさか〜。総隊長、流石に大袈裟すぎますよ」
「気持ちは分かります。実紀隊員の言う通り、今の彼はただの一般人です。そこまでややこしい事にはならないことを私も願っています、、しかし…」
窓の外を見ていた桐王は2人の方を向いた。
「もし、万が一の話です…。万が一にも、彼が記憶を取り戻したような素振りを少しでも見せた時には……」
先程まで穏やかった男の瞳が、突如凄まじい殺気を帯びる。
「……。」
その強烈な殺気に、一瞬で2人から笑顔が消える。
「容赦などいらない。直ぐに殺せ…」
桐王は冷たくそう言い放ったのだった。
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[11月2日: 現在]
僕は紺髪の少女に抱えられたまま、人混みを駆け抜けていた。
「よし、出口だ」
「柊音ちゃん!人が多すぎて何も見えないから、開けた場所に出よう」
逃げ惑う他の客を掻い潜りながら、僕らは比較的人の流れが少ない交差点に出る。
「え、何これ…どういうこと」
彼女達は予想とは全く違った光景に思わず狼狽した。
「被害は遊園地だけじゃないのか?」
柊音さんは合点がいかない表情を浮かべながら周りを見渡す。
何故か人々が遊園地の反対側からも逃げて来ているのだ。
高層ビルに囲まれているため遠方の状況は把握できない。
しかし耳を澄ますと逃げてきた遊園地の方とは別に、前方からも人々の絶叫が聞こえる。
「地震は二分ぐらい前に止んだ筈なのに…」
「取り敢えずここは暫く安全だろうから少し休憩しよう」
周りの状況に困惑しつつも凶獣の姿が見えないことに二人は安堵の息を吐いた。
「清白っち、大丈夫…?」
「清白君、一旦下ろすぞ」
「はい……」
他人の命も、この街の宿命も、そして自分の命さえ…。
文字通り全ての事がどうでもよくなった僕は、抜け殻のように弱々しく返事をする。
「疲れたなら座っても良いんだぞ…」
「はい……」
力の入らない足を見て、座ろうと地面に手を着いた時だった。
「「………!?」」
ガラスが割れる大きな壊音がすぐ横のビルから響き、全員が息を呑む。
シャァァーーーッ!!
ビルを突き破って先程と同じ、凶獣の頭が突然現れたのだ。
その化け物は血走った目で僕たちを捕らえると、口を大きく開く。
決して近い距離では無いがビルを突き破る程のスピードで進んでいるのだからあっという間に此処に到達することだろう。
死が自分に迫っていることが分かった。きっともう瞬きの間に僕の命は散る。
死を感知した僕の体は、一瞬にして指先まで氷のように固まった。
しかしその一瞬は余りにもゆっくりと流れ、迫りくる巨大な化け物の姿を視界に捉えていても僕の心は妙に落ち着いていた。
避けれない、けれど何故かそれでいい気がした。
…もう命など惜しくもないからかもしれない。
今なら自分の心臓が地面に転がっても、それを落ち着いて眺められる自信があった。
「みんな、危ない!!」
しかし、そんな僕の心情とは裏腹に白髪の彼女は焦ったように右手から緑の粒子を放ち、空中へ大きく飛んだ。
彼女は空中でクルリと一回転しながら鮮やかに突っ込んでくる凶獣を避ける。
そしてすかさず自分よりも遥かに大きい頭部を右手の短剣で刺した。
「クソッ…止まれぇぇーー!」
しかし、巨大な凶獣の勢いは失うことを知らず、僕の鼻先まで凶獣の刃が迫る。
「ダメだ!柊音ちゃんお願い!」
鋭い牙と血のように鮮やかな緋色で彩られた口内が目の前に広がり、僕は何処か他人事の様にそれを見ていた。
…ああ、僕は死ぬのか。…死ねるのか。
「っ歯食いしばって!!」
切羽詰まったような声と同時に突然脇腹に大きな衝撃が走り、僕は横へと吹っ飛ばされた。
「痛っ…!!」
凶獣がそのままビルに突っ込んで行くのを横目で見ながら、間一髪でそれを避けた僕は困惑しながら顔を上げる。
「清白くん、ごめんな…。咄嗟の事で、あれしか思いつかなかったんだ」
横には柊音さんが真剣な面持ちで隣に立っていた。
「いえ…大丈夫です。」
蹴り飛ばされた脇腹がジンジンと痛むからだろうか、僕の心は落ち込んでいた。
まるで、自分の願いが叶わなかった時のような…。
「そうか、なら良かった。立てそう?」
「はい…」
“ありがとうございます”
本来なら、そうやって命を危機を救ってくれた恩人に感謝するのだろう。
しかし、そんな思いは、感謝の気持ちは、不思議と欠片も出てこなかった。
いや、感謝の気持ちが出て来なかったとしても、彼女は僕のためを思ってやったのだからお礼は言うべきなのかもしれない。
ただ、どうしようもなく願ってしまう、頭を過ぎってしまうのだ。
…あぁ、今死ねればどんなに楽だったんだろう、と。
僕の心が、罪を背負うことすら出来ない弱い心が、悲鳴を上げて泣き叫ぶのだ。
………もう……死んでしまいたい、と。




