『XL :追憶2』
その蒼眼の瞳に反応するように、手足は小刻みに震え、今まで閉じていた「記憶」の鍵が外れる。
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これは、初任務の時の記憶。
「火の手が完全に回る前に早く!!」
「出口だ…!」
「はめられた…」
「お前は…、元のお前は一体誰なんだ」
「あぁ〜。お前らもうざいから、死ねよ…」
そして、口から赤い血を流した東君が悔しそうに微笑んだのだった。
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「東君、なんで…っどうして…!?」
心の檻に閉じ込めた記憶が流れるように漏れ続け、何処か空いていた記憶の器に勢いよく流れ込む。
何がなんだかさっぱり分からない…。
けれど、一つだけ確かなのはこれは唯の妄想では無いということ。
確かに何処かで起こり、僕が見て、触ってきた物だということ。
膨大に流れてくる見覚えのない記憶に混乱しながらも、僕の頭は着実に欠けていたパズルのピースを嵌めていく。
その時、
人々の渦の中心に佇んでいた凶獣が、その長く太い尻尾を観覧車にぶつけた。
衝撃で観覧車が土台部分から外れ、車輪が吹き飛ぶ。
そしてその巨大な車輪は遠心力で加速しながら、僕らの元へと向かってきた。
迫り来る車輪に人々は恐怖の音を上げながら一斉に走り出した。
混乱していた人々は、獲物を追う獣のようにお互いを掻き分け、出口へと向かう。
しかし、そんな凄惨な光景目の前にしていても尚、僕の体はピクリとも動かない。
自分の本能が命よりも、記憶を選べと叫んでいた。
忘れていた絶望、張り詰めた緊張、待ち望んだ欲望が、僕の体へと流れる。
…ああ、そうだった。火の手が回ってきて、僕は東君と洞窟から逃げたんだ。そして、予想通り白猿がいて…
何故か知っていて知らない"僕"の体験を、ゆっくりと着実に脳内で修復していく。
「危ない、このままじゃ!」
柊音さんは声を上げると、迫り来る車輪に鋭い視線をぶつけた。
「ダメ!今、それは使っちゃダメ…!」
しかし今にも走り出さんとしている彼女の腕を、実紀さんは強く握りしめる。
「それを見られたら今までの努力が無駄になっちゃう!」
「でも!このままでは向こうの人が…!」
観覧車の方で泣き叫ぶ人達を指差す彼女は、珍しく声を張り上げた。
「私達の役目は何!柊音ちゃんなら、優先すべき事ぐらいは分かるでしょ…!?」
そう言った実紀さんは何故か僕を睨んだ。
「すまん…。少し取り乱した」
柊音さんは少し下唇を噛むと僕の方を振り向いた。
「清白君、ここから逃げるよ!」
「もう…少し、もう少しだけ…っ…」
僕は地面に跪き、頭を抱える。
…やっと思い出してきた、全てが繋がってきた。でも、何かが足りない…。白猿を倒して、その後何かがあった筈なんだ。
「清白っち、大丈夫?起き上がって早く行かなきゃ」
「少し待ってくださいっ…!今ここじゃなければ…ここを動いたらもうダメな気がするんです!」
「清白君?」
東君に何が起こったのか…。
この生活に覚えていた違和感が、この偽物のような二ヶ月の正体が、分かる気がした。
なんで…なんで、すぐそこにあるのに、あと一歩届かない。
心の深くに刻まれているのに、何故かそこから出てこない僕の記憶。……まるで僕自身がそれを拒否するかのように。
「大丈夫か清白君?息が荒いぞ。ほら、これでも飲んで一回落ち着いて」
柊音さんは先程買ったお茶の缶を僕に差し出す。
「ありがとうございます…」
纏まらない思考のまま何とかそれを受け取り温かいお茶を喉に押し流す。
異常な事態に対する焦りと混乱で冷たくなっていた体が少し温まるのを感じた。
「落ち着いた…?」
「はい、少し」
…考えていても思い出せないならしょうがない。手遅れになる前に取り敢えず逃げよう。
今逃げないと死んでしまうし、柊音さん達を僕の我儘に巻き込むわけにはいかない。
少し冷静さを取り戻した僕はそう思い、立ち上がったその時、
手に持っていた缶から伝う暖かい熱に、僕の胸が突如ざわめき出す。
手に感じる体温程度の微熱…。
身に覚えのあるその感覚が、突然閉じていた僕の記憶とシンクロした。
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耳に入ってくるのは森の囀りと、滴り落ちる赤い水滴の音。
目の前にいる東君は怒りと苦しさが混じった表情を浮かべながら僕の瞳の奥を伺っている。
辺りに散らばる猿の死体と寒々しい横風が手足の感覚を鈍らせる。
しかし彼の腹部に突き刺さった長い両剣から伝わる心地よい熱が、僕の右手を覆っている事だけはハッキリと分かった。
何かを言おうと彼は口を開閉するが、出てくるのは音では無く血塊だけ。
金魚のように口をパクパクさせる彼に呆れ、僕は赤く染まった右手に力を加えると、彼は力を失った。
地面倒れるその瞬間まで僕の事を見つめ、口を動かす。
ごめん、理玖…………
聞こえた訳ではない。
ただその諦めない瞳が、別れを惜しむ表情が…僕にそう語りかけたのだった。
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「そうだ、東君は…死んだんだ」
強張っていた体に急に力が入らなくなり、僕は膝から崩れ落ちる。
「僕が、殺した……」
僕はまだ中身の入っている缶を落とすと、何かから隠れるように顔を覆った。
周囲で発せられる悲鳴や怒号でさえも僕をさらに絶望と混乱に落としていくものでしかなくて。
ごめんなさい、ごめんなさい………ごめん……東君っ。
「ああああぁぁぁぁぁぁッーー!!」
全身に押し寄せる絶望と後悔から少しでも身を守るかのように、僕は蹲ってひたすら叫んだのだった。




