『XXXVI :遊園地で並ぼう』
家族連れや学生で溢れかえる日曜日の遊園地…。
無数の笑顔が弾けるこの場所で、僕たちは途方も無い長列に並んでいた。
「ねぇ〜まだ〜。実紀もう待てないんだけど〜」
「もうちょっと我慢しろ。ほら、あんな小さい子も我慢してるんだ」
一瞬困った表情を浮かべた柊音さんは、前の方で並んでいる小さな女の子を指さした。
「こんな長いなんて聞いてないんですけど〜!絶対一時間半以上は経ってるよ〜」
実紀さんはその小さな頬をプクッと膨らませる。
すると前の家族が前に進み初め、少し…ほんの少しだけ列が前進した。
「あ、列進みますよ!あともう少しだと思います。ほら実紀さん、入り口あそこです」
必死にその場を盛り上げようと僕は少し大袈裟にリアクションを取る。
しかし両隣に佇む美少女は呆れたように僕を一瞥すると、溜め息混じりに視線を戻した。
「え…なんで?そのコイツ哀れだな、みたいな視線やめてくださいよ。ちょっと盛り上げようとしただけじゃないですか!」
何故か僕の家でカレーを食べる事になったあの日から、早二週間…僕たちはこうして時々一緒に出掛ける仲になっていた。
普通に考えてただ道端で会った人とこんな関係になっているのはおかしいと分かっている。
しかし僕に一緒に出掛ける友人がいないと知った二人は、親切と少しの同情心でご飯、買い物、ちょっとした遠出など…事あるごとに僕を呼び出し、平均すると三日に一回ぐらいのペースで遊ぶようになったのだ。
正直会いすぎな気もしなくはないが、地質無職である僕は時間を持て余しており、特に断る理由がなかった。
そして何より仲間と会うことを禁止された僕にとって他人と過ごす時間はとても貴重で楽しかった。
「おぉ〜、めっちゃ進んだ!ほら見て清白っち…これは後五分ぐらいだよ!」
今度は列が大きく前進し、彼女はその白髪を揺らしながら嬉しそうにピョンピョンと跳ねる。
永遠に続くと思われた長い列にも終わりが見え、僕たちはその後しばらくしてお化け屋敷へと足を踏み入れた。
「ひや〜怖い〜。いや、絶対あれ出てくるよ!絶対中から出てくるよ!」
実紀さんは道横に置かれた明らかに怪しい黒い箱を指し、叫び声を上げる。
彼女に釣られて僕も一瞬足を止めるが、いくら近づいてもそこから何かが出てくる事はなかった。
「何も出ないじゃないですか…」
「いや!あれは怪しかったし、絶対何か出ると思うでしょ」
「2人とも、まだ入り口だぞ。そんなペースで怯えていたら日が暮れてしまう」
「柊音ちゃん怒らないでよ〜。思ったよりお化け屋敷怖いんだよ〜」
常に暗闇が一体を囲っているこの雰囲気だけで、僕と実紀さんは完全に心がやられかけていた。
今思えば実紀さんがわざわざ列の長いお化け屋敷に行こうと言った時に、無理矢理止めるべきだったのだ。
「もう、しょうがないな。私の後ろにくっ付いていいぞ二人共。私が守ってやる」
「「………!!」」
微笑みながら自分の背中を指した彼女は、僕たちにとって暗闇の中で光る一筋の希望の様に見えた。
「やった〜私が一番っ!!」
実紀さんは今まで怖がっていたことも忘れたように勢い良く柊音さんの背中に飛びつく。
「清白っち、早く行くよ!」
「あ、はい…そうですね」
しかし、実紀さんは僕が一瞬見せた呆けた表情を見逃さなかった。
「何ぼーっと柊音ちゃん見てるの?もしかして清白っち……今柊音ちゃん可愛いとか思った?ねえ、絶対思ったよね!実紀の目は騙せないよ!」
人差し指と親指をくっつけけ、その丸から覗き込むようにしてコテンと小首を傾げる。
「いや、可愛いなんて。唯ちょっとかっこいいなと…思っただけです。少しだけですよ!」
自然と自分の頬に熱が集まるのが分かるが、暗闇で向こうには見えていないだろう。いや、見えていないで欲しい…。
「もー実紀!清白君が困ってるだろ、あまり追求するな」
「いや〜分かる、分かるよ清白っち。むしろ遅すぎるくらいだよ。柊音ちゃんは素晴らしい!最高の女だよ!」
「「え…?」」
突如実紀さんは一人で頷き始めると、僕たちの反応を気にも留めずに続ける。
「カッコ可愛いんだよね〜!こう…ギャップとかじゃなくて、真反対の物が共存してる感じ!堪らないよね〜」
彼女はデレデレしながら柊音さんに体を擦り付ける。
「ちょ、やめ…離れろ!」
「でもね〜、清白っち。柊音ちゃんのファンは実紀一人で十分だと思うの〜」
申し訳なさそうに彼女は僕に語りかける。
「だから、本当に申し訳ないんだけど〜…清白っちは諦めて!柊音ちゃんは実紀の物なの」
「私は実紀の'物'になった覚えはないぞ!」
…何となく分かってはいたが、まさかここまで実紀さんが柊音さんにぞっこんだったとは。
「柊音ちゃんの全てを知っていていいのは私だけなの!」
「いや、だから僕は別に…」
「いいのよ清白っち、それ以上は言わなくて!諦めきれない気持ちは痛いほど分かるわ、でも貴方にはみくティ〜がいるわ!みくみくファンクラブの一員として、実紀の事ならいつでも可愛いと思っていいのよ!」
「いや、ですから僕は…」
…ダメだ、彼女はもう完全にゾーンに入ってしまっている。
そう心の中で大きな溜め息をついた時、
「あのー?」
僕の背後から声がかかり思わずビクッと肩を揺らした。
「すみません、お客様。後ろが詰まっておりますので、出来ればもう少し早く進んで頂きたいのですが…」
キャストの男性は申し訳なさそうに頭を下げる。
よく見ると僕らの後ろには不機嫌そうな表情を浮かべた客の列が出来ていた。
「あ、すまない…!少し急いで移動するぞ、二人とも」
「ひゃぁ!?」
慌てて柊音さんは実紀さんを担ぐと、急いで暗闇の中へと進んで行った。
「えっ!?ちょっと待ってくださいって。置いてかないでくださいよー」
一人でこの先を進むのはごめんだと、僕も慌てて後を追いかける。
「わぁっ!!やったぁ~みくティー、柊音ちゃんに抱っこされちゃってる〜!」
恥ずかしさと怖気を持った僕と柊音さんは、この後物凄いスピードでお化け屋敷内を駆け回ったのだった。




